それは遙か昔、都から遠く離れた、小さな小さな貧しい村のお話――――――……










少年と少女は貧しい農民の家に生まれた。

少年の名をタツ、少女の名をサラと言った。

2人は幼少の頃から共に遊び、仲睦まじく、まるで本当の兄妹のように育った。





少女には秘密があった。
それは少年と、少女との、二人だけの秘密。

それはいつからか少女が、神通力とでもいったような、不可思議な力を持ちはじめたことだ。
物を見透かしたり、遠くの物を視ることができたり、動物と会話をしたり、と言ったことである。

人とは違う、その特別な力を誰にも言わなかったのは、それは二人が、二人だけの秘密にしたかったからだ。
殆ど兄妹愛に近かったはずの感情は少年たちの成長と共に互いへの恋慕へと変わり、お互いを大切な異性として想う気持ちへと変わっていた。

村は貧しく、決して楽な生活ではなかったが、それでも二人はお互いの存在に幸せを分かち合い、満たされていた。





時が流れ、やがて少女が12を過ぎた頃―――――。

少女は日々女らしさと美しさを増し、その容姿は人の目を惹き付けずにはいられないほどであった。 通りすがりの誰しもが、その美貌に目をみはり、息を呑んだ。





人々の心を奪って止まぬその美貌はやがて領主の耳へと入り、奉公を命じられた少女は1人出仕し、村を出なければならなくなった。
少年と少女は離ればなれになってしまうことを嫌がったが、領主の命に逆らうことはできなかった。



少女が出仕してから3日目の夜、少年の元に少女の霊が現れる。
少年に逢いたい一心で、少女は自分の肉体から霊体を切り離したのだった。

それから少女は毎夜自分の霊を飛ばし、二人は、寝る前のほんの少しの時間、逢瀬を重ねるのだった。触れあうことはできないものの、少女は楽しそうにその日の出来事を話し、少年を癒し、お互いを想うのだった。










ある晩、少女は少年の元へ現れなかった。


次の晩も、その次の晩も―――……





数日後、少年の元へ現れた少女の霊体は泣いていた。
領主に無理矢理、体を奪われたのだという。
少年は少女を抱きしめてやることさえできず、ただ、一緒に泣いた。



翌日、少年は村を出た。
領主の館を訪ね、少女を返してくれるよう頼むが、門前払いを受ける。
三日三晩、朝から晩まで領主の門前に居座り、叫び続けた少年は、ついに門兵たちから暴行を受け、村から追い出されてしまう。

少年は権力に逆らい、力尽くで少女を救い出すことを決心する。
少女の霊から館の構造や門番の配置などを聞き出した少年は早速領主の館へと忍び込んだ。

2人は手と手を取り合い、なんとか領主の館から逃げ出すことに成功するが、出身の知られている村には帰ることができず、行く当てもなく、たった数日で追っ手に捕らえられてしまう。

少女の神通力をもってすれば、領主の追っ手を撒くことなど容易いはずだった。
しかし追っ手の数は尋常ではなかった。
圧倒的物量で、少年と少女は追い詰められ、捕らわれたのだ。



少女の美しさを耳にしたみかどが、領主の元へ遣いを寄越していたのだ。



少女は都へと連れ去られ、少年は激しい拷問に受け、奴隷商人連れられ何処かへと消えた。










帝の命により宮仕えをすることになった少女。
何処とも分からぬ場所で奴隷として過ごす少年。



互いに恋心を抱いた少年と少女の道は、無残にも引き裂かれていった―――――……










少女の際だった美しさには誰もが目を惹かれた。

帝は既に妻を迎えていたため、正妻にこそ迎えられなかったが、限りない寵愛を受けた。
少女はらく沙羅さらという名を与えられた。

その絶世の美貌に帝の威光を得、宮廷に輝ける彼女は、まさに時の人であった。

しかし辺境の農村を出身とする少女が帝の寵愛を受けることを、宮廷にいた誰もが良しとしなかった。とりわけ宮廷で最高地位を持ち、その美貌を謳われた陰陽師・御巫命みかなぎのみことは、この世のものとも思えぬ美しさ持つ少女を酷く妬んだ。

妬んだ、というのには若干の語弊がある。
彼は愛してしまったのだった。
彼女を見たその瞬間から、その美しさに目を奪われ、心までも奪われた。
寝ても覚めても彼女のことを想い、その恋慕の情は病的なまでに膨れ上がり、彼の精神を蝕んだ。

ある日、毎夜少女がいずこかへ霊体を飛ばしていることに気づいた御巫命は、それを黙っていることを条件に彼女に関係を迫る――――が、拒否されてしまう。


少女に愛を拒絶され、心の底から憎しみを抱いた御巫命は、帝に“洛沙羅は都を征服しようとするあやかしの手先だ”と進言する。
帝は少女を庇おうとするが、家臣ら全員の猛反対に抗えず、彼女への拷問を許してしまう。
拷問のさなか片眼を失った少女は、宮廷を追い出され、遊郭へと売り払われてしまう。










一方で、何年もの間、奴隷生活を強いられた少年はやがて青年と呼べる年にまで成長していた。が、その容姿は酷くみすぼらしく、青年というよりはもはや老人に近かった。
食べ物もろくに与えられず、人間扱いすらされない奴隷の生活に彼は何度も絶望し、運命を呪い続けたが、それでも彼がかろうじて命を繋いでこれたのは、毎夜彼の元へ訪れる、少女の霊のお陰であった。

拷問され悲鳴を上げる少女の声に、少年は命からがら逃げだし、少女を助ける為に都を訪れる。しかし宮廷にいるはずの少女は既に無く、少年は当てもなく都を探し回った。

彼は痩せこけていた。
その姿は見るも無惨で、少年の日の面影はなく、通行人は誰もがその容姿に顔を顰めた。





都へ入ってから数日を経て、ついに彼のもとへ少女の霊体が現れる。

少女の居場所を突き止めた少年は、追い剥ぎをして最低限の体裁を整えると、客として遊郭に入り、少女の手をとって逃げ出す。
しかし長年の奴隷生活に身体を病んでいた彼はたちどころに取り押さえられ、少女は連れ戻され、少年は斬り殺されてしまった―――――………






























少年は一命を取り留めていた。
ほとんど死んでいたと言ってもいい。
しかし少年は死ねなかった。
死にきれなかった。



幼少の頃から、兄妹のように共に過ごした少女を奪われ―――――


離ればなれとなってからも僅かな逢瀬を重ね続け――――


今も変わらぬ恋心を抱き続けていて――――






























少年は死せず、鬼となった――――――――――――――――






























鬼となった少年は無差別に人を襲い始め、誰もその歩みを止めることはできなかった。
その肌には刀も矢も通らず、その怪力は鎧を容易く切り裂いた。





彼が初めてその動きを止めたのは、少女を目の前にしたときだ。

少女はその鬼を一目見て、少年だと気付いた。
少女は変わり果てた少年の姿に嘆き悲しみ、自分も鬼として生きる道を選ぶ。





もう人の世に未練はなかった。




















少年と少女は人里離れた山奥に住み処をもうけ、度々下りてきては都を襲った。

醜い姿をした悪鬼・羅刹と、それに寄り添う美しい女・洛沙羅。
何人もの陰陽師が彼らを退治しようと試みたが、誰一人敵うものはいなかった。





力で鬼に敵うものはおらず、術を用いて女に敵うものはいなかったのだ。





帝から鬼退治の勅命を受けた御巫命は、都を荒らす悪鬼に寄り添う女が、あの少女・洛沙羅だと知り、奸計をめぐらす。

御巫命は幻術を用いて洛沙羅の姿となり、彼女のいない隙に羅刹と交わり、鬼の力を封じ込めてしまう。



心の臟に神剣を突き立てられ、彼の魂が地獄へ堕とされようとしたまさにその瞬間―――
―、










洛沙羅は彼の魂を掬い上げ輪廻の輪へと加えた。




















鬼の魂を輪廻の輪に加えること――――――――





それは何世にも渡り人の世に災厄をもたらす禍根。





決して犯してはならぬ大罪。






























洛沙羅はその命が尽きるまで、御巫の館に幽閉された、と言われているが、その少女の最後の姿を目にした者は誰一人としていない――――――――――……







































































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