父が出て行ってしまい、部屋には私と空見先輩、二人だけが残された。
二人きり。
途端、意識してしまう。
父親というのは普通、娘と彼氏を二人きりにするものなのだろうか。
私は父が新たに付け足したばかりの蝋燭の炎を吹き消し、蛍光灯のスイッチを付けた。
人工の白色光が部屋を明るく照らしだし、現実的な部屋が姿を現す。
クリスマスのムードはぶち壊しになってしまうが、ムードがあるとそのまま流されてしまいそうで怖かった。
私は後片付けという口実に飛びつき、席を立ち、せわしなく動き続けた。
手伝うという空見先輩を何とか座らせる。
「先輩は参考書でも読んでて!」
だって先輩が手伝ってしまったらあっという間に終わってしまうから…。
先輩がリビングで、私がキッチンで――――……
こうしているとまるで新婚夫婦よう。
自分の考えたことに恥ずかしく、顔が赤くなってしまう。
耳まで熱い。
大丈夫。先輩はソファーで参考書に集中しているはずだから、きっとばれてない。
これまでに何度かあった二人きりという空間に緊張しつつ、妄想と無心を繰り返しながら茶碗洗いを続けていると、不意に後ろから抱きしめられた。
「あっ………」
私の中から音が消えた。
ただ、瞬間湯沸器のシャワー口から飛び出す水音だけが、部屋に響いていた。
父がかけていたCDはいつの間にか止まっていた。
先輩の口が私の耳に当たる。
息が触れた。
体温が。
先輩の腕が私の身体を撫でてくる。
「あ………」
きゅうん。
身体の奥が、きゅんとする。
先輩が後ろから私の顎に指をあて、引き寄せられ、私は首だけを後ろに向かされて、キスをした。
(はぁっ………はぁっ………)
唇が……。
(はぁっ………はぁっ………)
最初は軽く、それから強く。
「んんっ………」
私は洗剤にまみれた手を食器から離すことができず、不自然な体勢のまま彼のキスを受け入れる。
先輩の手が私の胸に触れた。
先輩が、私を求めている………。
切ないのは私も同じだった。
私は食器を置き、手に付いた洗剤を洗い流し、タオルで拭いた。
しかしそこで止まってしまう。
どうしていいのか、分からない。
振り向けない。
動けずにいると、先輩が再び後ろから私を抱きしめ、後頭部にキスをした。
そして耳、それから降りて、私の首筋に。
「あっ………」
体中に電気が走ったようだった。
先輩が私の首筋に舌を這わせた。
身体が、痺れる。
震える。
奮える。
「だ、駄目……」
「せつら……」
駄目。違う。駄目じゃない。
別に彼を拒否しているわけではない。
正直なところ、私も、朝から、下着だって、一番可愛いの穿いてる、し……。
でも私たちはアミューズメントパークでかなり汗を掻いていた。
本当なら帰ったらすぐにシャワーを浴びたいくらいだった。
「汗……、かいてるし……」
「いいよ――――」
「駄目っ………」
更に大胆に這う先輩の舌から逃れるように私はキッチンからリビングへと移動した。
テレビの上に置いてあった可愛いラッピングの箱に気づき手を伸ばす。
「あ、そうだ。先輩。
これ、お父さんから私たちにって!!」
先輩に後ろから抱きしめられながら、私はその包装を解いていく。
四角い、小さな小箱。
二つの意味でドキドキしながら開いたその中から出てきたのは――――――
「コンドーム―――だな―――」
と淡々とした声で先輩が。
(信じらんない――――!!
お父さんてばああああああああぁぁぁぁ――――――――――――!!)
私は内心絶叫した。
普段から口数の少ない父。
どちらかと言えば、おどおどして、頼りない感じで。
それでいて優しくて、お酒が好きで、よく酔っ払ってしまうけど、それでも良識人―――のイメージだったのに。
今日一日で、私の中の父のイメージはガラガラと音を立てて崩れていった。
先輩が私の服の下へ手を入れてくる。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
顔が火照る。
身体が熱い。
先輩の手が私のブラの中へ潜り込み、直接触れた。
だめ。
おねがい。
私は力の抜けそうになる体を奮い立たせ、空見先輩の腕を止めた。
「待って、待って………、
お願い……、先にシャワー浴びたい……」
しかしそれは引き金だった。
それはシャワーを浴びてからならしてもいいという、合意を示したことに他ならなかったから。
それまでためらいがちだった空見先輩が大胆に動いた。
容赦なく私の服を脱がせようとする。
もう止められない。
制服を脱がされ、シャツを脱がされ、肩が外気に触れた。
部屋はすっかり暖まっていて寒くはない――――… 体が熱い―――――――
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
先輩と激しいキスをしながら、私も先輩の服を脱がせにかかる。
硬い。
私とは全然違う、肉体――――――
「はぁっ……はぁっ……」
「せつら………」
「先輩………」
私たちはソファーに倒れ込んだ。
倒れ込む直前、私はリモコンでリビングの電気を消した。
あっという間に私たちは全裸になっていた。
先輩の大きくなったあれが、お腹にあたるのが分かった。
真上にある先輩の顔をツリーの電飾が彩る。
「空見先輩……、
一つ聞いてもいいですか…?
「うん」
「空見先輩も、悪鬼のメンバーだったんですよね?」
確認するまでもない。
それはもう知っていることだ。
「うん」
「悪鬼って、その―――……レイプとか――――してたんですよね……?」
「ああ」
「空見先輩も、したことあるんですか…?」
「ああ」
本当に――――――?
本当に――――――?
レイプ―――強姦――――…
女を無理矢理、男の力でねじ伏せて、犯す―――――――
そんな酷いことを、空見先輩が本当に――――?
信じられない。
こんなに優しい空見先輩が、そんなことをするなんて。
信じられない。
それとも今は優しいだけで、急に怖くなったりするの?
こんなに私のことを大切にしてくれるのに?
確かに彼を悪く言う人は少なからずいる。
しかし彼はこれまでに、私の前でただの一度も乱暴な言葉遣いをしたことさえない。
その点でいうならクラスの男子たちの方が余程不良っぽい。
「俺に抱かれるのは…嫌?」
ぶんぶん。
私は大きく首を横に振った。
彼の背に腕を回しその胸を抱き寄せた。
その厚い胸板にしがみつく。
抱かれたい。
この人に。
私はもうこの人無しでは――――――――――……
「もう、そんなこと、しないですよね――――……?」
「ああ、絶対にしない」
馬鹿だ私は。
そんなことを聞く意味も、必要なんてないのに………。
でも先輩はいつも私のことを考えてくれていて、
私の言葉を聞いて…、ちゃんと答えてくれるから……
「先輩……」
「うん?」
「私、自分が初めてか、分かりません……。
でもたぶん、初めてだと思います……」
「うん?」
「初めてだから……、ゴムつけて欲しくないです……」
「え?」
「だって、初めては………
好きな人と直接繋がりたいから……」
「………」
「あのっ……、だから――――………」
「分かったよ。せつら」
それは私の我が儘で、そして“理想”だった。
しかし直接繋がるということは、妊娠する可能性があるということも示している。
その意味を、先輩は汲み取ってくれるだろうか。
先輩が立ち上がりソファーから離れた。
私の肌から、先輩が離れていく。
(え?怒った――――?)
先輩はしばらく自分の鞄をごそごそやり、すぐに戻ってきた。
その手には、小さな、小箱。
「クリスマスプレゼント。
ずっと渡そう渡そうと思ってたんだけど……。
でも俺だけ、なんか気が早いんじゃないかって、恥ずかしくて、
まだこんな安物しか買えないけど、これを婚約指輪にしてくれないか?」
「先輩……………」
先輩の大きな手が私の手をとった。
そしてゆっくり、その指輪を私の指に―――――……
私は溢れる涙を止められなかった。
この人は本当に、本当に、心の底から私を大切に想ってくれている――――――。
何もない、何の取り柄さえない、誰もが持ってて当たり前の記憶さえもない、
空っぽな私を――――――――
大好きな人に大切に想われている。
これ以上の幸せが、この世にあるだろうか――――――
「せつら、もう先輩はやめてくれないか?」
「え……」
「もう俺たちそういう関係じゃないだろ」
「なんて呼べば……」
「飛鳥、かな」
「あす……か………」
「うん、でもやっぱり…恥ずかしいから、
卒業……までは……」
「仕方がないな」
あすか
あすか
飛鳥
その名が、私の心の深く、奥深くへと優しく染みこんでくる。
先輩と同じように、私の中へ。
深く、深く―――――――――――――――――
私はその日、初めて先輩と繋がった。
幸いにも過去の私は貞操を保ってくれていたようだ。
初めては、とても痛かったけれど、
その痛みが
この幸せが夢ではないということを
私に教えてくれていた―――――――――――――……