6月――――――………
過ごしやすかった春が終わり、日々、世界は夏を迎える準備に入っていた。
梅雨になり、校庭が使えないことの多いこの期間は、バスケや卓球などの室内競技をすることが多くなっている。
体育の授業―――、バスケット。
バスケ部員を差し置いて一際目立っているのは、羽織だった。
私もスポーツは苦手ではないけれど、彼女の運動神経には全然敵わない。
どこかだれた雰囲気のある授業も、彼女がいるとなぜか真剣にやってしまうから不思議だ。
向かい合う私たち。
張り詰める神経。
彼女には負けたくない。
どうしてか、特にスポーツに興味のない私にさえ、そう思わせる。
(抜かれる――――!?)
追いすがる。
気付くと私の手の中にボールがあった。
自分でもよく分からないうちにカットしていたらしい。
すぐにドリブルに入り、一人抜いてからパス―――――が、直前に伸びた手にカットされた。
あっけにとられているうちに羽織はあっという間に去り、ゴールを決める。
速い―――…………。
彼女と目が合った。
しかしその表情は決して明るいものではなかった。
私に勝って喜んでいいはずなのに、どこか寂しそうな、悲しそうな……。
私は必死に呼吸を整え、もう脚にガタもきているのに、彼女は平然としていて――――、
蹲り呼吸を整えていた私に不意に彼女が声をかけてきた。
「せつら」
「え……?」
「………」
でも羽織はそれ以上何も言わず、ほんの少し上から私を見下ろしただけで、立ち去る。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
普段から特にスポーツをしていないのだから、体力に差があるのは当然で、
でも私は、彼女の後ろ姿を見送りながら、彼女の期待に応えられないことに、どうしようもない悔しさを感じているのだった。
友達になろう―――、私からそう言ったにも関わらず羽織とは殆ど会話をしていなかった。
というより、羽織はクラスの誰とも話をしているのを見たことがなかった。
皆、彼女のことを嫌っているわけではないのだが、どこか私たちとは違う、超然とした雰囲気を持っていて、近寄りがたかったのだ。
彼女の神髄を見たのは、授業で3回だけ行われた剣道の授業である。
剣道なんてものがたった3コマの授業で学べるはずもなく、どうせほんの少し、触り程度に経験させておこうという趣旨で行われているに違いなく、それでもやったことないよりはマシなんだろうと、その程度に私は思っていた。
誰もがお遊戯をやっているようにしか見えなかったその授業で、彼女だけは違っていた。
数少ない女子の剣道部員を一蹴し、その剣捌きの美麗さに惹き込まれ、乱入してきた男子をもいとも簡単に去なしてしまった。
著しくプライドを傷つけられたらしい男子達が、挙げ句に、3人同時掛かりで――――――……
話にもならなかった。
そのあまりの歴然とした力の差に、大部分の生徒がひいたのは明らかで、かくいう私も、これまで彼女に対する畏敬の念と、密かに燃やしていたライバル心は完全に打ち砕かれてしまった。
彼女に対し、テストの点数だけで若干の優越感を持っていた私は、卑屈にも彼女をどこか別世界の遠い人―――――――――…と隔絶するようになってしまっていた。
第42話:隔絶
終わり