22時――――――――
その夜、私は悠理に電話した。
私は悠理を親友だと思っているし、向こうもそう思ってくれていると、思っている。
でも、恐らく悠理は東江と半年も前から付き合っていて、そのことを一言も話してくれて無くて、悠理が、そういうことを話す人じゃないからと言うことは分かっているし、話したくないなら話す必要はないし、そう思うけど、少し寂しくて、、
親友と話をするだけ、というのに私はとても緊張していた。
『あは。せつら、電話、くるっておもってた』
「じゃあ、あれはやっぱり悠理?」
『うん、黎から聞いたから―――』
「黎って、アズマ……、東江―――さんのこと?」
『そうだよ』
「いつから、付き合ってるの?」
『お正月――――。
去年、せつらのお見舞いにいってるときに、何度か会って…、
それからずっと口説かれてて――――。
見た目は凄い怖いけど、ほんとは面白くて優しい人、だった――――――』
「だった―――?」
『あ、ううん、そうじゃなくて、今も優しいよ』
「でも悠理っ、こう言ったらなんだけど…………」
私は息を呑んだ。
言えば、悠理を傷つけるかも知れない。
でも、悠理は友達だから、私の大切な友達だから、もし、騙されてるなら、
だって、本当に好きな子を、他の男たちと、なんて―――――…
「東江さん、は、悠理の―――――……、、体目当てなんじゃないの――――?」
『それでもいいよ』
「えっ?」
私は耳を疑った。
悠理の、淡々と、でも、はっきりとした言葉に、それは私の頭の中で意味をなさなくて、意味が理解できなくて、、、
「え?」
『それでも構わないって言ったの』
「ま、待って!悠理、お願いだから、一人で抱え込まないで!!
脅されてるの?何か弱み握られたの?
でも諦めないで―――――!!
私に何もできないと思ってるなら違うよ。
ううん、私には何もでない……、でもっ、飛鳥が何とかしてくれるから!
絶対に!!絶対に、絶対だから!!」
『ふふっ。違うってば――――、
私は黎のことが好きなの。
だから、好きでやってることなの。
それに言っておくけど、体目当てなんてことは、無いから』
悠理が笑っていた。
電話の向こうで。
私はその笑い声に、寂しさや悲しさが混じるのを決して見逃すまいと耳を澄ましたけれど、
伝わってきたのは、彼のことを愛しく思う、悠理の気持ちだけだった――――。
『それは、最初はびっくりしたけど………、
あ、ごめんね、せつら。
今はせつらがびっくりしてるよね。
黙ってて、ごめん――――――』
私は呆然としていた。
世界では様々な事件が起こっていて、
私の知らないところで、
私の関係ない場所で、
毎日毎日、いろんな事件が起こっていて――――――、
でもそれは、遠い遠い、テレビのニュースでしか起こりえない事件のはずで―――――…
まさか、自分のこんな近くで、自分の親友にこんな事件が起きていたなんて、
私は露程にも知らなくて――――
「悠理はそれで、いいの―――?」
『じゃあ―――――、せつらは、私が不幸だと思うの―――?』
ううっ―――――
私は込み上げた感情に嗚咽を漏らしそうになり、思わず口を塞いだ。
少しでも声を漏らしたら泣いてしまいそうだった。
何が幸せかなんて、人それぞれだ。
私の幸せと、悠理の幸せは、違う。
私の"幸せの形"を悠理に押しつけるわけにはいかない。
私は飛鳥に大切にされている。
一人の女の子として、とても大切にされて、とても愛されている。
だから、彼氏に別の男たちに抱かれるよう言われる悠理が―――――――――
悠理が可哀想だった―――――……。
私は悠理を哀れんでしまっているのだ。
でも、それは決して口にしてはいけないこと。
悠理、この先、貴女は傷つくかもしれない。
もう傷ついているのかもしれない。
私は貴女の友達だから、貴女が傷つけば私も傷ついてしまう――――……。
違う。
傷ついているのは私だけ。
なら、これは私の身勝手な思い。
『せつら……?』
ううっ――――ううっ――――…
『せつら……?聞いてる?
もしかして、軽蔑されちゃった?』
「そんなことない―――――――――!!!
悠理は友達だからっ―――――――!!!
何があっても、私の友達だから―――――!!!」
『あは。ありがとう、嬉しいよ、せつら。
ほんとに、ごめんね、びっくりさせちゃって』
「ううん…。
大好きだよ、悠理」
『私もだよ、せつら』
結局――――、私はそれ以上何も聞けず、言えず、暫くして電話を切った。
あとからあとから感情が溢れてできて、止められなかった。
それはあまりにもとめどなく―――――
頭の中はぐちゃぐちゃで、
だから私は考えるのを諦めて、
私はお風呂に駆け込んで、ただぼんやりとシャワーを浴び続けた。
ずっとずっと―――――
シャワーがこのぐちゃぐちゃの感情を洗い流してくれるのを待ちながら―――――――――――
「どうしたの?」
「黎にえっちなビデオ撮られたの――――………」
「え??」
「それで今度は、私が他の人としてるところ、撮りたいって……」
「別れなよ」
「できない」
「脅されてるの?」
「うん…」
「じゃあ私から飛鳥に言ってあげるから――――」
そんな、単純な会話しか予想していなかった私を、悠理は完全に打ちのめした。
嫌われたくなくて、受け入れてるだけかもしれないし、
それこそ無理矢理させられてるだけかもしれない。
だから友達の私が助けてあげなくちゃって――――……
頭から降り注ぐ温水が、私の顔を伝い、首から肩へ、胸へ、そして落ちていく。
でも私の中のぐちゃぐちゃな感情はいつまでも流れてくれなくて―――――――――
じゃあもし私が嫌がらなかったら―――――?
それは今日、私が、飛鳥に言おうとして言葉にできなかったこと。
どうしても言葉にできなかったこと。
それは自分が傷つくのが怖いから。
幸せが、理想が、壊れるのが嫌だったから――――……。
飛鳥のことを大好きだと、一つになりたいとさえ望んでいながら、彼を受け入れる覚悟さえなかった。
それも結局は、私が、私の中の理想の男性像を彼に押しつけようとしただけに過ぎなかった。
私は子供だ―――……。
じゃあもし本当に望んでいたら……?
もしも飛鳥がしたいといったら、どうするっていうの?
ありえないよ……。
そんなこと、ありえないよ………。
私は嫌だ。飛鳥以外とするのなんて、絶対に。
飛鳥は私を傷つけない。
でも――――――――――悠理は、、、
悠理は悠理で、
私は私で、
だから、
そんなことはどうでもいいはずで、
でも、
それなら、
飛鳥に聞けたはずで、
それにそんなのは愛でもなんでもなくて、
ただ、
性的にふしだらなだけで、
でももし飛鳥がしたいって言ったら――――――?
分からない。
自分がどうするのか。
飛鳥が望むなら叶えてあげたい。
咥えろって言われればどこでも咥えるし、飲んでって言うなら飲む。
えっちな服を着てもいいし、おしりでしたいっていうならしてもいい。
でも他の人とするなんて―――――……
他の人とするなんて絶対に嫌だけど、もし飛鳥が望むなら私は―――――……
そんなの絶対に間違ってる。
間違ってるとは思うけど、止められない。
彼へ向かう想いが、溢れ出て、止まらない。
じゃあもし私が嫌がらなかったら―――――?
それは今日私が、飛鳥に言おうとして言葉にできなかったこと。
どうしても言葉にできなかったこと。
私が本当に怯えているのは、それが飛鳥にも伝わってしまったこと……。
でも彼は優しいから――――……
結局、
私ばっかり、護られて――――――――……
「飛鳥っ…………」
ううっ―――…、うううっ―――――………
ザ―――――――――――――――――――――――――――――……
暖かい水が、私に降り注ぎ続ける。
私が嫌だというなら、飛鳥はしない。
それは彼の優しさ。
その愛に甘えるのは別に悪いことじゃない。
別のことで、私の愛を示せばいいだけだから。
だって私たちは愛し合っているんだから。
でも、私は―――――――――――
ザ――――――――――――――――――――――――……
「飛鳥、、、私、変態かも知れない、、、、」
ザ―――――――――――――――――――――――――………………
「私もっと飛鳥に……」
その先は涙が溢れて言えなかった。
歪んだ願望。
それは自分が傷つくだけではなく、飛鳥も傷つけることになるかも知れない。
こんなに大切にされているのに。
愛されているのに。
私もっと飛鳥に、めちゃくちゃにされたい―――――――――――……
第44話:煩悶
終わり