その日、初めて、萌の家に遊びに行った。
考えてみたら女友達の部屋に入ること自体初めてで、私は少なからずの興味を惹かれた。
決して広いとは言えないその部屋は、物で溢れかえっていた。
「すご………」
「可愛い服みるとつい買っちゃうんだよね〜;」
「でも、凄いね…。
高そうな服も多いし……」
彼女のクローゼットには私の優に10倍を超える服が詰まっていた。
私は以前なぜか一度持ち物を全て捨てたらしく、だから服のストックなんかも全くなくて、飛鳥と付き合い始めてから頑張って買い揃えたつもりだけれど―――、
それでも彼女の服棚には足元にも及ばない。
服だけではない。
下着やバッグなんかも、もの凄い量があった。
その量は本当に圧巻で―――――……
「萌ってバイトしてるんだっけ?」
「んー、してないけど。
それよりどう、せつら。これ、やっちゃう?」
「え?」
「こ〜〜れ。」
「お酒かぁ………、うん。飲んでみようかな……」
「ふふっ、そうこなくっちゃ!!」
「てかさ、暗くなってから帰ると危ないし今日うちに泊まっていったら?
お酒飲んで家に帰るのもまずいでしょ?」
「いいの?」
「いいよー。今日はうち親いないし、夜中まで騒ごうよ!」
「明日も学校あるけどね…」
「ほらほら、硬いこと言わなーいw」
「うん、じゃあ一応お父さんにメールしとく」
「うんうん」
お父さんからの返事はすぐに来た。
女友達の家に泊まってはしゃぐのは、ずっと塞ぎ込んでいた私にとっていい気分転換になると思ってくれたらしく、すぐに承諾してくれた。
心配だからと、電話番号や住所など詳しく訊かれたけれど。
それから私は萌と二人で馬鹿騒ぎをした。
お互いに化粧をし、色々な服を着てはしゃぎ、彼女の話に笑った。
不思議な気分だった。
ほんの少しだけ、自分を取り戻したような、
久しぶりに味わう、暖かな、開放感――――、
これがお酒の力――――、なのだろうか。
「うわっ! なにこれ…、短っ――――――――…」
「それ、普通にパンツ見えるからね(笑)
せつら穿いてみなよw」
「う、うん…(笑)」
「せつら〜〜エ〜ロ〜い〜w」
「私のじゃないもん……w」
「じゃあ上はこれね」
「これもまた、随分………」
「あ、ブラは外してね」
「え―――――…」
「あー、せつら、私と違って胸大きいからやばいなー。
何食べたらそんな大きくなるの?
なんか秘訣あるの?」
「そんなの、分かんないよー……」
「やっぱ遺伝とか体質とかなのかなぁ」
「うーん、多分そっちの要因ほうが大きい、と思うけど…。
あーもー、この格好、私変態っぽい!!」
そう言いつつも、私は全身鏡に映る自分の姿にドキドキしていた。
はっきり言ってしまえば痴女。あるいは露出狂。
腰を覆う大きなベルトに、派手な真っ赤なミニスカート。
けどその裾は短いなんてものじゃなく、どうやっても普通に下着が、というよりもう、お尻の下半分が見えてしまう。
上は薄い生地のタンクトップ。
一応シャツ――――ぽいけど……、面積はブラと同じくらいしかない。
これじゃあタオル一枚巻いているのと同じだ。
しかもYシャツ並に薄く白い生地なので乳頭の形がくっきりとでてしまっている……。
「うん、もう完全に変態だね」
「こんなので街中歩いたら絶対捕まるよね」
「捕まるかは分からないけど、襲われても裁判には勝てないだろうね……w」
「ひ〜〜〜w」
21時過ぎ、私たちは遅い夕食にピザの出前を頼んだ。
その時にはお互い凄い格好になっていて、ピザの宅配をどちらが受け取るかを押しつけあった。
それから次に、萌が私に見せてくれたのは――――――
「ぅゎ―――………」
その量に、私は思わず呻いた。
一度悠理が私の部屋に持ってきたことがあって、見たことはあったけど、でもそれは1本だけで。
こんなに沢山、しかもいろんな色や形の、種類が――――……
「え、萌、これ使ってるの…?」
「全然使ってないよ」
「ってなんでこんなに沢山?」
「貰い物」
「え?え? 萌って彼氏いたの?」
「いないけど」
「え?じゃあ誰から――――?」
バイブやらローターやら――――、数えてはいないが、ざっと見た限り20以上はあるようだった。
そんなものを一体誰から貰ったというのか――――……
先ほどのエッチな服にしてもそうだ。
あんな服、持っていたところで着る機会なんて―――……
彼女は私の問いに答えなかった。
どこか悲しげな微笑みで箱の中身を見つめる姿は、決して楽しい記憶を思い出しているわけではなさそうだった。
彼女は箱をしまうと、音楽のボリュームを下げ、それから電気を一つ暗くした。
0時12分―――――――
時計を見るといつのまにかかなりの時間が経過していた。
萌が布団を持ち出してはおり、ベッドにその背を預けた。
私も促されるまま同じように布団を被り、彼女の隣に座りこむ。
お酒を飲んで馬鹿騒ぎをしていた彼女は、もうそこにいなかった。
私は多少の緊張と、それなりの好奇心をもって彼女の言葉を待った。
「若生篤志っているじゃない?」
「うん、あのかっこいい人だよね。
みんなに人気の――――…」
若生篤志――――――
1−Cの時同じクラスだった男子。
顔立ちが綺麗で、頭も良く、しかもスポーツ万能。
さらには家が大地主でお金持ちという――――…、天が二物どころか、三物も四物も与えた少年で、女子たちの人気の殆どを独り占めしていた。
2年や3年の先輩たちに口説かれているという噂も聞いたことがある。
そのくせやたら控えめで奥手な性格で、それがまた人気を呼んでいるんだとか――――…。
私は勿論、飛鳥一筋だったから彼に興味を持ったことなんて無いけれど。
(でも未だ特定の彼女を作ったという噂は聞いたことがないけど――――、
え、まさかあの若生篤志にバイブを貰ったって言うの―――――!?)
「うん。彼、中学の頃からずっとみことのことが好きだったんだよね。
だから頭いいのにみことと同じ輪高にきたんだし」
「え…?」
「でもみことは彼に興味なかったらしくて。
まったく……。
あんなイケメンに何年片想いさせてんの!?って感じだよね。
しかもせつらがきて、せつらのことを好きになっちゃって」
「ええ…?」
「そして私は彼のことが好きだった。ずっと彼のことを見てた。
ま、それは私だけじゃないけどね。
で――――――、担任からみことが転校したって言われた日、彼、私のところに来たのね。
みことの連絡先知らないかって。
だから私、彼を慰めてあげたの」
「え……?」
「彼は、みことがあの事件に巻き込まれて、
一体どんな目にあったのかも知ってたみたいだし、凄い悲しそうな顔してたから……」
「えっと、ごめん……、
どこに突っ込んでいいのか分からないんだけど……」
「突っ込むところなんてないよ。
私はそのままを話してるだけだから」
「んーと…、じゃあ、少しずつ聞いていくけど、
みことと私が仲良かったのは知ってるけど、
みことが私を好きだったって、あ、うん、それも知ってるんだけど……、
その、それは、好きって言うのは、恋愛的な、感情、だったの……?」
「それはせつらとみことの問題でしょ」
「でもそれでみことは篤志を振ったんだよね…?」
「そうだよ」
(まじ、なんだ……。)
「っていうか、篤志はみことに気持ち伝えてないけどね。
ちゃんと伝えてればまた違ったんだろうけど―――――……
でもみことは気付いてたよ。
ま、あれだけ周りに言われたら気付かないわけ無いけど。
篤志に想われてるのが、正直羨ましかったし、
それに応えないことに、感謝もしたし、憎らしくもあった…。
でもみことはほんとに良い子だったし、友達だから、何かしようとか思わなかったけどね」
「それで……、彼を慰めたっていうのは…?」
「そのままの意味だよ」
「それじゃあ分からないよ。
撫で撫でしてあげた?」
「ううん」
「抱きしめてあげた?」
「ううん」
「じゃあ、やっちゃった―――――ってこと?」
「うん」
「…………」
私は思わず顔をあげ、萌を見た。
いつの間にか布団を頭から被っていた彼女が、一体今、どんな顔をしているのか、私には想像が付かなかった。
でも、みことがいなくなったのは去年の10月。
つまり丁度1年前―――――……
既に萌は1年前から篤志と関係を………
あれ、待って。
そうしたら、じゃあ、あれは、
「もしかして、以前、大切にしたら大切にされたいって思うって、私に言ったのは……」
「あはは。まあ、私の経験談……。
でも彼は私のことセフレだとしか思ってないみたい。
今じゃ私のお客さん」
「お客さん?」
「そうそう。
彼の魅力って、凄いモテるのに奥手だったところでしょ。
ずっとみことに片想いなんかしちゃってさ。
でもやっぱ男の子だからね。
一度ヤッたらずるずるだよ。ところ構わずやりたがるし。
それでも彼やっぱり誠実っていうか、
私が彼のこと好きだからしてるって分かってて、
でも、彼は私のこと好きじゃないから、
それなのにやるの、申し訳ないからって、お金くれるようになって……。
彼、変なとこに誠実だから、
それが人のこと傷つけてるって……………わかっ…………」
「萌………」
「―――――――――――――――……....」
彼女は静かに泣いていた。
必死に嗚咽を堪えながら。
酔いはすっかり醒めてしまっていた。
真夜中のこの不思議な時間に、不思議な雰囲気の中で、私と萌は、並んで座っていて、
私たちはまるで世界から切り離されて、ふたりぼっちだった。
彼女は声にならない悲鳴を上げていて、私はどうしようもない切なさで一杯で。
嗚呼――――――……、、
分かっているのだろう。
きっと彼も、萌も。
彼は彼女の気持ちに応えられない。
傷つけると分かっていても、はっきりさせなくてはいけなかったから。
それはとても不誠実な行為で、同時にとても誠実で。
彼女は彼のそんな気持ちを分かっているからこそ、受け取りたくもないお金を受け取って。
二人共、分かっているのだ。
傷つけていることも、傷ついていることも。
それでも、お互いを必要としているうちは―――――――……
私は思わず、彼女を抱きしめていた。
彼女を布団の上から抱きしめていた。
強く強く――――……
「萌は、いい子だから。
私が良く、知ってるから。
ほんとに、いい子だから――――…………」
流れ込んでくる。
彼女の感情が。
私の中に。
それは悲しい、悲しい、とても悲しい、想い――――――――――……
彼女はただじっと、私の腕の中で、静かに泣いていた………。
「あ、でもね、さっきのは別に篤志に貰った分けじゃないよ?」
どれくらいそうしていただろう。
突然萌がそう言った。
明るい声で。
いつも通りの、彼女の声で。
私はそっと彼女から離れ、再び隣に座りこんだ。
厚い布団越しに、彼女と肩を寄せ合いながら。
「うん?」
「私ね、援交してるんだ」
「え?」
「えん・じょ・こー・さい」
「えええ―――――――――――――――――!?」
確かに、萌の金回りや、贅沢っぷりは異常で。
過去ただの一度もそんなことを考えたことがない、と言えば嘘になる。
でもまさか、本当に!?
「だからね、篤志とのこともそんな大したことじゃないんだ」
「えええ…」
「せつらに、憐れまれたくないし」
「私は別に、憐れんでなんか………」
「いいの。だって、私のことなのにせつら泣いてくれたもん。
私はもうそれだけで十分だし」
「私は嫌だよ、萌が悲しいのは―――…」
「別にいいんだよ。私はもう、どうなっても」
「なんでそんなこと言うの…」
「私なんて、どうせもう汚れてるし」
「え?」
「私ね、昔レイプされたことあるんだ」
「え?」
「せつらは覚えてないだろうけど、
以前この学校悪鬼って言う不良グループあって、
そこの羅刹ってやつが女好きでしょっちゅう女の子
攫ってはレイプしてたんだよね……」
「まさか、萌も――――……?」
「そそ」
「羅刹って――――羅城道孝……
私のお兄さんだって言う人……だよね……?」
「さぁ?
せつらもよく分かってないんでしょ。
別にせつらのことは恨んでないから、安心して
せつらは私の友達だし」
「う、うん…」
「だから、こんな私でも………、
少しでも彼の助けになるならって、しただけだし」
「……………」
私は俯いてしまった。
彼女の話に救いはない……。
あまりにも悲しい、話だった。
萌は私の友達なのに―――――……
すぐ隣で、悲鳴をあげている彼女に、私は何もしてあげられない。
本当に何もできない………。
羅刹――――、本名、羅城道孝。
それは恐らく――――私の兄。
か弱い女性を、無理矢理犯すなんて許せない。
絶対に、許せない。
決してあってはならないこと。
女性の人格を踏みにじり、己の欲望のままに陵辱するなんて、
ほんとうに、人間の心が無い行為――――………
でも飛鳥も、そんなことに加担していたから――――――――――――………
ああ――――――……。
疲れた。
もうどうでもいいや。
「ね、萌」
「?」
「私もしてみようかな、援交」
第59話:萌
終わり