2学期の終業式の日。
それは去年と同じ12月24日―――――、クリスマスイブだった。





1年前のこの日、私は飛鳥と一日デートをして、それから父と3人でクリスマスパーティーをして過ごしていた。





あれから1年……

たった1年……

とても信じられない……





当時は想像だにしなかった残酷な未来を、私は恨めしく思った。



私の世界はもう、彼を失った時に止まったまま―――――……



本当に、あの時、彼に出会ったあの時、そのまま、止まってしまえば良かったんだ。
それが一番幸せだったんだ……。





なのに、私はまだ生きている………。










なんで










まだ生きて………






























「おい、おまえら!
 騒ぐのはいいけど酒はダメだからなぁ!?
 いいか。年末年始はただでさえ忙しいんだ。
 そんなことで先生の大切な休日を潰したら絶対に許さんからなッ!!」
「えーそんな理由!?(笑)」



放課後行われるクラスの催しに私は出席しなかった。
とてもじゃないが皆とわいわい騒ぎたくなる気分にはなれない。


私としては萌と二人でぱーっと騒ぎたかったのだけれど、彼女は篤志に誘われたらしく、あっさりと断られてしまった。

萌に振られた私はその後の予定を持て余してしまっていた。
悠理に声をかけられたが、彼女にはまともに合わせる顔が無く、予定があるからと断ってしまった……。










私はこっそりと“営業用”の携帯を取り出した。
今朝から16通もの新規メールが入っている。

当日になってまで、まだデートのお誘いだ。
以前からこの日のデートの申し込みは執拗なほどきている。

相手は恋人でも友達でもない、十も二十も年上のオヤジから―――――、である。

それは一日彼女として付き合って欲しいというもので、まあ、かなりいい金額を提示して貰ってはいるのだけれど、私には敬遠してしまう内容だった。

有り体に言ってしまえば、私としては客とはセックスだけの関係がよく、“会ってセックスして終わり”でいいのであって、外で遊んだり、会話を楽しんだり、ましてや恋人の振りをして過ごすなどということは苦痛以外の何物でなく――――……。

だから私がやっているのは、援助交際というより、ほとんど売春に近かった。





『ひかるちゃん。お願い!今日遅くなってもいいから逢おうよ!』
『ひかるちゃん、暇ができたら連絡頂戴。今日は奮発するから!
 プレゼントなんでも買ってあげるから』
『ひかるちゃん―――――……』
『ひかるちゃん―――――……』
『ひかるちゃん―――――……』


役職と名前から、何となく顔は思い出せるけれど、オヤジの顔などどれも似たり寄ったりで、明確は区別は付かなかった。それにどいつもこいつも仕事の愚痴や自慢話などを延延と話し続けるので、私は誰が誰だが覚えるのを殆ど諦めていた。
ちなみにメールの中にでてくる“ひかる”というのは私のことだ。


天城あまぎひかる――――

それは私の――――いわゆる源氏名。


私の援交歴は2ヶ月。
実は萌もそんなに長くなく、まだ5ヶ月。

恐ろしいことに萌はこれまでずっと実名(!)で援交していて(流石に携帯電話は別のを用意していた)、私は彼女に偽名を使うよう強く勧めたけれど、彼女は未だに本名を使い続けている。

理由は、学生手帳を見せると相手が凄い喜ぶから―――――、らしい……。



破滅願望を抱きながらも、保身に走ってしまう自分に苛立ちを感じてはいた。
でもそれ以上に、萌の軽率な行動にはらはらさせられていた。

いくらなんでも彼女は無防備すぎた……。

私が援交の道に彼女を誘ってしまって――――――、それで心配するのなら分かる。
でも本当は逆なのになんでこんなに彼女のことを心配しなきゃいけないのか。
時々、理不尽な思いに苛立ちを覚えながら、それでも萌を友人として、仲間として、フォローしないわけにはいかず、時折口うるさく、そして基本放置、みたいな感じで、私たちはやっている。

実際のところ、彼女と客の関係は上手くいっていた。
でも、きっとそれは萌だからで、彼女のキャラクターがあってこそで、私には到底真似することなどできないだろう―――。
以前の私なら、もう少し明るく振る舞うこともできたのだろうけど………。































お昼12時を回る頃にはHRも終わり、皆がわいわいと騒ぐ中、私は一人昇降口へと向かった。

クリスマスイブを援交して過ごすのはいかがなものかとは思うけれど、この肌寒い夜を、独り寂しく耐える自信など欠片ほどにもない。
今日の夜を、独り部屋で泣いて過ごせというのなら、オヤジの腕の中のほうが数倍もマシだった。

どの客を呼び出すか思案し、携帯をカチャカチャさせていたら不意に声をかけられた。


「せつら」
「?」


慌てて携帯を閉じて振り向くと、見知った顔の男子が立っていた。
どこかそわそわと、もじもじとして落ち着かない態度だ。


伊本薫―――――
茶髪にピアス。
見た目ちゃらちゃらした格好に、軽薄な喋り口な男子で、私的には嫌いな部類に入る。
1−Cの時のクラスメイトで、私が記憶を失ったあと、何度も付き合って欲しいと口説いてきた男だ。
悠理からは、以前から彼は私の事が好きで、それを堂々と公言し、しかもおっぱい揉ませろとか、やらせろと叫んでいたとまで聞いている。

無論、私は飛鳥しか眼中になく、彼のことは全く相手にしていなかったし、興味もなかった。

けれど私が飛鳥とつきあい始めてからは話しかけてこなくなり、ただのクラスメイトとして、でも不意に感じた視線の先にはいつも彼がいて………。
その都度、今でも私のことが好きなのかなと、意識させられ、でも今までと違って控えめというか、ひたむきというか、健気さまで感じさせるその態度に、私はそれなりの申し訳なさと、すくなからずの好感を持つようになっていた。
ただ、2年にあがり、クラスが別れてからは一切の音沙汰も無く――――――……。





彼が話がしたいと言い、その様子がどうにも真剣だったので、私は少しだけ相手をすることにした。

他人には聞かれたくない話なのだろう。
私たちは昇降口からすぐ近く、1階にある空き教室へと入った。

とはいえ、話の内容は大方の予想が付いていた。
それはきっと、告白。
冬休みに入る直前――――……休暇に入る前の真剣な話は告白と相場が決まっている。


飛鳥が亡くなったから、きっと私に付き合って欲しいと言いにきたのだろう。




しかし答えは決まっている。





当然、ノー。





付き合う気など無い。
私はもう誰も好きにならない。
絶対に。
決して。



私に優しくしてくれる、愛を囁いてくれる、護ってくれる存在が欲しくないと言えば嘘になる。

でもそれは飛鳥以外にはいないし、欲しくもない。

妄想の中で何度も交わした、神聖な式の誓いを、私は今でも覚えている。






























しかし彼の話は、告白――――ではなかった。



「噂聞いたんだ……」
「何の?」

「えっと、その、うん、あー……」
「………?」

「ごめん、気を悪くしないで欲しいんだけど、
 俺は別に信じてねーし」

「………?」


「……………」
「……………」


「……………」
「……………」


「……………」
「……………」



「その……せつらが…、援交してる………、って……」










「誰から聞いたの?」
「噂、だよ……、みんな、言ってる。
 せつらと萌は、援交してるって」
「そう………」



一体どこから漏れるのだろう。
萌が誰かに言うはずがないし。

無論、地元の輪光で援交なんてしない。
その都度、都心まででている。

けれど、別に不思議なことじゃない。
続けていればいつかは誰かに見られてしまうこともあるだろう。


どうでも良かった。
半分以上学校を休み、一人塞ぎ込んでいる私の相手をするクラスメイトはもういないし、彼らがどんな噂をしていようともう関係がない。





「それで、伊本くんは、わざわざそんなことを言いにきたわけ?」
「本当…じゃないよな?
 嘘、だよ……、な―――――?」





「本当、だったら?」





「――――――!?」





告白したいならさっさと言えばいいのに……。

わざわざそんなことを言われるために時間を割いたとおもうと、私は内心イラッときた。
だから、否定せずそう言ってやった。



















































「お、俺も…… か、買いたい……………」


「ぷっ――――!!!」


思わず笑ってしまった。
結構長い時間、待ったと思う。

彼がなんて言うのか、その反応を少し楽しみにしてしまっていた私は、その答えに思わず吹き出してしまった。



嘘だろ?
冗談だよな?
やめろよ。
気にするなよ。
そんなこと言うやつら、俺がなんとかしてやる。



そして、考えに考えた末に言ったであろうその言葉も、
私の目を真っ直ぐに見て言うことさえ出来ない彼の姿が、滑稽だった。

女の方が精神的に早く大人になるというが、私には目の前の少年が同級生だとはとても思えなかった。



しかし同時に可愛らしくも思えた。

彼は私のことが好きなのだ。
今でも。
ずっと前、1年も前から、ずっと私だけを想ってくれていたのだ。

それはとても切ない、片想い…………。


それはきっと今の私と同じ。

決して届くことのない、一方的な想い。

私は、もしかしたら飛鳥と付き合ってた時でさえ、そうだったかも知れない。
私には彼しか見えなくて、幸せと同時に、それでも彼に恋い焦がれ続けていたのだから――――……………。





毎晩私でオナニーしてるって?
それを彼はどんな気持ちで言っていたのだろう?
いつもおちゃらけているけれど、今、目の前で顔を真っ赤にしている少年は、今までどんな想いを抱いていたのだろう?


そして今は?


好きな子が援交をしていることを、


責めるでもなく、止めるでもなく、貶すでもなく――――――――…





買いたい、と言う。





それがどんな想いからでた言葉なのかは分からない。
もしかしたら単に性欲が勝っただけかもしれない。
彼はただ本当に私とやりたいだけなのかもしれない。










でも、



そんなにわたしが欲しいなら……




















「いいよ」


「ま、マジで―――――!?」

「うん」

「え、えっと、い、いくら?」


別に値段は決まってない。
相場は勿論あるが、自分のセックスの値段は相手の懐次第だ。
金を持ってる奴からはいくらでも搾り取る。


「いくらあるの?」
「今は5千円しか…、でも足りねーなら、絶対後で払うし!!」
「別にいいよそれで」





5千円―――……
たった5千円ぽっち。

私のこの年齢、スタイル、容姿、しかも、今や貴重な黒髪の美少女なのに。

女子高生に飢えたエロ親父なら一回で5万出すやつだっているのに。



まあいいか。
彼の様子じゃちょっと触っただけでイッってしまうだろう。

口でして、それから挿れさせてあげて、2回しても10分かかるかどうか。





「伊本くんて童貞?」
「あ、、ああ………、、」
「じゃあゴムつけなくてもいいや」
「え?」
「童貞なら病気の心配はないでしょ。
 ピル飲んでるし、中で出してもいいよって言ってるの」
「ま、まじかよ――――――!?」





彼の片想いを感じてしまったことは、おくびにも出さなかった。

私たちの関係は、あくまで売る側と買う側。

ただそれだけ。

萌と篤志と同じ。





これは、こんな私を好きでいてくれることへの感謝と、ご褒美。










彼は突然私の鞄をとると、私の手を掴んで走り出した。



「ちょっ―――――……!?」



たった今、彼が小さい少年に見えたばかりだというのに、私の手を掴むのは大きな手と、体。



思いがけずドキドキさせられた。



彼は廊下を走り、階段を駆け上がり、人気の無い校舎を上がっていく。




まあ確かに昇降口から近い教室でするわけにはいかないけれど。

どこかの資料室?準備室でする気なの?
まさかトイレ?

今日は終業式でもう授業はない。
特別授業用の教室はどこも無人で静まりかえっている。










私は彼に腕を引かれるままに、一つの空き教室へと入った。
彼は中に誰もいないのを確かめ、カーテンを閉める。

ストーブの効いていない教室はとても寒かった。



「じゃ、じゃあ………、せつら、本当に、いいんだよな…?」
「うん…。
 でもちゃんとお金払って。
 あと他の人には言わないで」
「あ、ああ、約束する。」



目の前に向き合って立ち、それから、幾ら待っても、彼が手さえ伸ばしてこない――――から、私から動くことにした。

抱き合わない、キスもしない。
そんな恋人らしい行為は要らない。



私は最初から彼の股間に手を伸ばし、制服のズボンの上から摩った。



「ううっ……」
「もう硬くなってるね。
 今、楽にしてあげる」
「ううっ………」
「脱いでよ。まずは口でしてあげるから――――」



しかし彼は動かなかった。

男の中には女に脱がされたいタイプもいるけれど、彼の場合は明らかに違っていた。
本当に軽薄そうな容姿をしているくせに、緊張して完全に固まってしまっていた。


この期に及んで、ちんぽを見られるのが恥ずかしい、とか思っているのだろうか。

もしかして、小さいとか、包茎だからとかで、見られたくないと言うのだろうか。
そんなことなら、気にしなくても全然大丈夫なのに。


仕方ないので私は彼の前に跪いた。

それからベルトに手を掛け、外す。
意外に堅く、腕に力を入れるのが億劫だったけれど何とか外す。

まったく動かない彼を、まるで看護士が動けない老人を世話をするかのように、私はなんとかズボンを下ろした。



まったく、、、援交オヤジだって脱ぐ時は協力してくれるのに。



それから彼のトランクスの裾に手を掛け――――――――――……




















脱がそうとした私の腕を、がっしりと彼が掴んだ。



「せつらっ――――!!
 俺っ、君が好きだっ―――――――――――――――!!!
 だからやっぱりこんな風にはっっ―――――――――――――――――――――」



「―――――!?」





見上げると、彼は泣いていた………。

同級生の、男子の泣き顔を見るのは、それが初めてだった。








































嗚呼――――――――――――………





もう嫌なのに





誰かが辛い想いをするのを見るのは、嫌なのに―――――――――――――………





だから





だからせめて、一度だけ、





私への想いを叶えさせてあげたいと、そう思ったのに―――――.........



















































「私は……、付き合えないよ」

「ど、どうしても……!?
 友達からでも!?
 俺ぜってー、お前のこと大切にするから―――――!!」





「無理――――――――――、だから。
 今、おちんちん、舐めてあげるから」


私は無理矢理トランクスを下ろした。

彼のモノが目の前にビンッと現れる。
それは短小でも包茎でもなかった。

スモモのように真っ赤に充血した亀頭を頂に、立派に聳えていた。



これ以上彼の気持ちを聞かなくて済むように、私は躊躇わずその亀頭を口に――――――――










でもそれは私の口の中には入らなかった。

直前に彼が腰を退いたのだ。

そしてあっという間にトランクスをあげ、ズボンを穿き、ベルトを締めた。



「ごめん。もういい。
 ありがとう、あ、金、払う」



あっけにとられている私に、彼は5千円を握らせた。



「あと、絶対に、誰にも言わないから。
 俺、せつらと、ちゃんとしたいから」





なんなの――――――――――――!?





そんなことを言っても無理なのに!?
絶対に無理なのに!?





なんとか茶化してしまいたいけれど、彼が涙を拭う姿に私は何も言えない。





「じゃあ、これ要らない」


私は慌てて5千円を突き返した。


「いいよ。約束だし」
「貰えないって」


高校生にとって5千円は決して安い額ではない。


「いいって」
「貰えないって」



彼がどうしても受け取ろうとしないので私はいらっときてしまった。





さっきから彼は身勝手だ。





私を呼びつけて。

買いたいと言って、それでいてしないで、言いたいことだけ言って、お金を渡して。

自分の想いばっかり押しつけて―――――










私は決して彼の気持ちには応えられないのに――――――!!!










それを全然分かってくれない――――!!!!!











最近では感情の起伏というものが殆ど無くなっていた私にとって、
こんなにも感情が膨れ上がったのは久しぶりのことだった。


「いいからさっさとちんちんだしなよ。
 伊本は私とセックスしたいんでしょ!?
 今日はただの気まぐれでいいって言ったけど、もう二度とこんなチャンス無いよ!?」

「それでも……いい」

「なんで!?
 今まで散々したいって言ってたじゃん!!!」





なんで!?

どうせ股間はまだぱんぱんに腫らしてるくせに!!!
男が悟りを開いたような顔で話すのは出した後って決まってるでしょ!!


私が好きなんでしょ!?
犯したいんでしょ!?


さっさとやればいいじゃん!!!





「もう二度としないよ!
 それでもいいの!?」

「構わない」

「あっそう――――――!!
 じゃあもう二度と私に話しかけてこないで―――――――!!!」





私は彼に5千円を叩きつけ、鞄をもって教室から駆け出した。































すごく、イライラした。



私は決して彼の気持ちには応えない。



そんな真っ直ぐな想いを押しつけられても、迷惑以外の何物でもない。



だったらまだ欲望の捌け口にしてくれたほうが幾分もマシ。



彼を傷つけたところで私は何も感じない。



感じられない。



罪悪感さえ、抱けない。



なのに。










あの男、凄い、ムカツク―――――――――――――――――――――!!!!!






























もういい。





勝手に想ってればいい。





いつまでも想ってればいい。





私はもう忘れるけど。





もう忘れて、二度と相手にしないけど。










さようなら。





私の思い出にもならない――――――、ただの同級生。

















































































第61話:同級生
終わり

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  第62話:イヴ
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