始業式―――――……
今日で冬休みが終わり3学期が始まる――――――――………
私は登校はしたものの、始業式にも、教室にも行く気になれず、屋上で時間を潰していた。
教室へ行くのが怖かった。
もうみんな私のことは知っているだろう。
きっと腫れ物をみるような目で私を見るに違いない。
この一週間で3度も警察にお世話になった。
担任も警察に呼び出され、やってきた。
私はもう前科者、だ。
とはいえ、大した怪我は負わせていないし、父や先生が頑張って謝ってくれたから停学にはならなかったけれど、他の人たちからは冷ややかな目で見られるに違いない。
昔は、友達は多かった――――――。
皆、親切だった。
私は好かれていた。
でもその一方で、彼らがもう一つの目で、私を見ていたことを知っている。
羅刹の妹?
大量殺人犯?
悪鬼の四天王、空見の女………
そんな陰口が、気にしないでいられるほど小さな陰口でいられたのは、それはひとえに私が優等生だったからだ。
でも夏休み以来―――――、学校を休むようになり、援交の噂がたち、そして傷害事件まで起こした私を、世間はもう以前のようには見てくれないだろう。
それにもし今、教室にいけば、すぐにカウンセリングを受けさせられることになるだろう。
カウンセリング――――………
確かに、私はもう壊れているのかも知れなかった。
カウンセリングを受けて、心のケアというやつをした方がいいのかも知れなかった。
でも面倒だった。
私は壊れてなどいない。
ちょっと不幸で、ちょっと疲れているだけ………。
彼に死なれて、援交して、父に犯されて―――――――――……
そんな未来が来ることを、いったいどうすれば予測できただろう……。
どうして、こんなことになってしまったのだろう……。
そういえば、昨日、萌と電話で話をした。
『冬休みの間連絡とれなくなったから、凄く心配してたんだよ』と怒られた。
驚いたことに篤志とは正式に付き合うことになったらしい。
だから援交はもう止めると言っていた。
おめでとう
私は素直にそう言った。
それは素敵なこと。
ほんとうに、素敵なこと。
みことの真似をしてツインテールにしているというあまりに健気な萌。
あの聖夜の夜。
私は心から彼女の幸せを願った。
奇跡が起きることを祈った。
だからこれは、大手をふって祝福すべき、喜ばしい、出来事。
同時に、
今年に入ってから、意味もなくむかついて、私が何度も殴りかってしまった――――――
新たなカップルの誕生。
そして私だけ、取り残される。
私だけ、この汚い場所で蹲っている。
私だけ――――……
私だけ……
吐く息は白く、私は寒さに震えて縮こまった。
みんな、始業式で体育館に集まっているのに、
なのに私だけ、
独り――――――――――
帰ろう
どうせすることもないし。
学校へきてしまったことに後悔した。
最初から教室に行くつもりなんてなかったのに。
学校に来てもすることなんてなかったのに。
そうだ、担任だ。
彼が口うるさく明日学校へ来いと何度も何度も私に言ったからだ。
その程度の言葉に流されてしまうなんてどうかしていた。
さっさと帰ろう。
そうだ、もう一度あの携帯の電源を入れて、誰かの相手をしよう……。
どうせ他にすることもないのだから、そのほうがいい………。
セックスでもして、気を紛らわそう。
営業用携帯は電池の切れたまま家に起きっぱなしだった。
だから一度家に戻らなければならない。
ギィ―――――…………
その時、重い扉が開く音がした。
凍えそうな空気が流れる屋上に上がってきたのは――――
「悠理……」
「せつらがここにいるの、下から見えた、から―――――……」
「何か、用?」
「久しぶり」「あけましておめでとう」「元気?」―――
言いたいことは沢山あったのに、私の口から出た言葉はとても冷たかった。
「親友に会うのに、用がないと駄目なの――――?」
私は耳を疑った。
でもその言葉ははっきりと、確かに耳に残っていて―――――――、
親友………。
彼女は私の事をまだ、そんな風に――――――………
悠理は、真っ直ぐに私の方へ向かってきて、
そして、次の瞬間には、私は思い切り抱きしめられていた。
「せつら、悩みがあるなら私に話してよ。
一人で抱え込まないでよ。
私たち親友でしょ!?」
「悠理――――――………」
理解者は、いた。
すぐ近くに。
そう、悠理だけは分かってくれる。
私の痛みは悠理だけが理解できる―――――……
飛鳥と一緒に、黎を失った悠理だけは…………
「あ〜〜…、、、んんっ、んっ―――!!!」
私が彼女を抱きしめ返そうとしたその時、屋上に大きな咳払いが響いた。
悠理がぱっと私から離れた。
屋上のドアの前に、羽織が立っていた。
「えっと、取り込み中?」
「ううん、そんなことは、ないけど」
「せつら、あんたにちょっと話があるんだけど」
羽織は首を少しだけ動かして、悠理に指図した。
それは邪魔だからどっかいけというあからさまな威嚇。
「悠理、また後で」
「私もいるよ」
「ううん、平気だから」
「……………」
彼女は寂しそうな顔を見せたけれど、私は強く、彼女の背を押しやった。
悠理の悲しそうな背中を見送って、私は羽織と向き合った。
「で、私に何の用?」
「まずはあけましておめでとう。
今年もよろしく、ってか――――――――」
「私のこと聞いたんでしょ?」
「ああ、随分暴れたらしいじゃん?
しかもカップルばかりを狙ったんだって?w」
「……………」
「どうしてカップルを狙ったのさ?
羨ましかったか?」
「……………」
「目の前でいちゃつかれて、むかついた、とか?」
「……………」
「……………」
「で、何しにきたの?私を笑いにきたの?」
「いやいや、笑う気なんてねーよ。
うちはあんたを誘いに来たんだ」
「――――………?」
「せつら、うちにこないか?
ほら、前に言っただろ?うちら族を作ったんだよ」
「―――――――――――なるほどね……、
羽織は私をスカウトしにきたわけだ……。
前科者の私なら資格十分ってわけね」
「はぁ―――――?
勘違いすんなよ。別にうちらはワルを集めてるわけじゃねー。
この社会にはちょっと肌の合わない連中が集まって、少し身を寄せ合ってるだけさ」
殆ど自虐的で嘲笑的な私の台詞に、羽織は怒気で応えた。
その真剣な態度に私は少なからず興味を持った。
「私、もう学校やめるよ……」
「そんなこと聞いてねーよ。
やめたきゃ勝手にやめろ。
それはあんたの自由だし、うちは何も言わないよ。
ただうちらのグループに入って欲しい。
うちはあんたに興味があるんだ」
「……………」
「ま、入る入らないは後回しでいーよ。
とりあえず一度集会に来てみないか?
どうせ暇なんだろ?」
族。暴走族。
私は知っている。
なぜか記憶にある。
免許も持っていないけれど、バイクで思い切り飛ばしたときのあの快感を――――――…
だからといって族に入りたいなんて、これっぽっちも思わなかった。
興味もなかった。
でも暇なのは確かだ。
これから帰って援交相手を探そうとしていたくらいだし………。
羽織の話に興味など無かった。
でもそれは何もかもだった。
何もかも、どうでもよかった。
疲れていた。
もう一度援交しようと思ったのは、なんとか日常に戻ろうと思っただけだ。
それにセックスなら家にいてもできるのだから――――――……。
「分かった、行く」
私がそう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。
第64話:勧誘
終わり