悠理は少しずつ変わっていた。
眼鏡をやめてコンタクトにして、しかも体力をつけるために毎朝ランニングを始めたらしい。


私も一緒に走ろうと誘われたけれど、断ってしまった。



だって、だって、だって、だって、だって、………めんどうなんだもん……。





飛鳥の意志を継いでから、私は以前のように悲しみに暮れたり、泥沼のような鬱に沈むことはなくなったけれど、私は歩むべき道を見失っていた。

特にしたいこともなければ、しなきゃいけないこともない。
やりたいことも、やるべきことも、分からない。


疲れるのは嫌、面倒なのは嫌、痛いのも嫌………。


ただ、気の合う仲間と、わいわい騒いで、笑っていられればそれで良かった。


でも早く探さなくちゃいけない。
見つけなくちゃいけない。

私がこれから何をするのか、どうやって生きるのか。
だって決めたから。
飛鳥と約束したから。


彼が頑張れって、言っているから――――――










でも頭では分かっているのに、頑張ろうって思っているのに―――――



現実は…………、、、、










私と悠理に声をかけてきた人がいた。


神羅雪の幹部の一人、確か―――――千早さん。


「せつら、悠理。
 誰も注意しないようだから言っておくけど、
 もう入って結構経つんだから、いつまでも舐めた格好してんじゃないよ。
 最初に相手に呑まれたら終わりなんだ。
 つっぱることもできないやつは族には要らないんだよ。
 そんな長い髪さっさと切っちまいな。
 うちは弱い奴には髪を伸ばすことを認めてないからね」

「この髪は切りません」

「なに?」

「だって大切な人と、約束したから」


私がきっぱりそう言うと、横から悠理が慌てて口を挟んだ。


「あ、私は、切ってきます」
「悠理!?」

「だって私弱いし、舐められたくないし、見た目だけでも、見た目からでももっと強くなりたいし」
「悠理………」

「せつらも、いつきさんのお気に入りだからって調子に乗ってるんじゃないよ。
 うちらは全員が強くならなきゃいけないんだ。
 誰かに守って貰おうなんて考えてる奴は要らないんだ!


 …………悪いね、格好なんて本当は自由でいいんだけどさ、
 ほら、新入りが二人ともこれだとちょっと他に示しが付かないからね」



「はい……」





とりあえず、ここはしおらしく頷いておく。
それにしても悠理のことが気がかりだった、まさか髪を切るなんて……。
ただ千早さんとの人間関係を円滑に進めるためだけ、というなら、ちょっと怒りたい。
それくらい主張できないでどうする。

集団で動くからにはある程度の規律は必要だろうけど、学校でもないのに暴走族に入ってまでそんなことを言われるのは、流石に溜息がでる。





「ちょっと、悠理、なんで切るの。
 まさか私と千早さんが険悪なムードにならないようにとかなら、怒るよ」

「そんなんじゃないよ。
 私は、変わりたいから。だから切るの」

「ほんとに?」

「うん」

「嘘」

「嘘じゃないよ」

「ほんとに?」

「うん」



「ならいいけど……」



「ね、せつら。
 もしかしてみことのこと思い出したの?」

「え?」

「ほら、さっき言ってたじゃない。
 髪は切らない、大切な人との約束だからって―――――」

「ううん、飛鳥が私の黒髪好きだって言ってくれたから。
 ほら、前言ったじゃん。
 私が金髪にするって言ったら、飛鳥がそれなら俺が黒にするーって黒髪にしたって。
 え、ちょっと待って……、私、みこととも約束してたの――――?」

「そうだよ。
 私とも、だけどね……」

「そうなんだ……、うー、ごめんね、思い出せない」

「ま、いいけど」

「うーん……、ごめん…」

「そんなしょんぼりしないで。
 思い出せないのはせつらが悪いわけじゃないんだから」

「うー。」




















記憶……。
失われた記憶。

もしかしたら、私が新しい道を見つけるには記憶を取り戻す必要があるかもしれない。
私はあまりに薄っぺらで、だから飛鳥がいないと何もできないのかもしれない。

でももう、1年以上経っても何一つ思い出せないのに……、一体どうすれば……。








































「ね、パパ」
「なんだい?」

「パパって娘がいるんだよね?」
「ああ、いるよ」

「どんな娘なの?」
「とてもいい娘だよ。
 母さん似でとっても美人で、母親譲りの黒髪がとても綺麗で………、、、
 そうまるでこんな感じの………」

「私…?」
「そう……、ひかるちゃんみたいな、綺麗な黒髪だったよ」

「だった?」
「…………」

「パパ?」
「…………」

「おとー………………」



私は思い切ってお父さんと呼ぼうとして、でも彼を見上げ――――――



言えなかった。

父の瞳は私を映していなかった。
どこかうつろな、焦点の合わない、瞳……………。





なんで…………、、、





なんで…………、、、





なんで―――――――――――!!!!!!





泣きそうになるのを懸命に堪えた。





どうして





最初は全部分かってたじゃない





最初は全部分かってて、それでも演技で、二人で、





買うエロ親父と、援交娘を、演じてただけじゃない―――!!!





なのに、





なんで―――――――――……!!!!!




















「おじさんは…、娘さんと同じ年の子とえっちするの、
 いけないと、思わないの……?」

「………思う、よ。
 でも、悪いことだと思うと、余計にビンビンに………なっちゃうんだ。
 ほら、ひかるちゃんも好きだろう、これ、
 いつもみたく、舐めておくれよ……」

「…………」

「ひかるちゃん……?
 ほら、ひかるちゃんの大好きなちんぽだよ」

「うん…………」










怖かった。

これ以上、今の父と向き合うことが。



私がせつらだと、貴方の娘だと、思い切り叫びたかった。

本当は殴ってでも目を覚ませてやりたかった。



でも、怖い。



もしも、父がこれ以上壊れたらと思うと、どうしようもなく――――――…………






























それでも父は、私の過去の手がかりだから。
そしてなによりも私の父だから――――――……


私はまた別の日に、父に尋ねてみた。
父だけは、私を知っているはずだから。


私の昔のことが少しでも分かれば、それがきっかけになって、
記憶を取り戻せるかも知れない。


そうしたら私はまた、新しい道を歩けるかも知れない。


でも彼は答えを持っていなかった。
私と同じように、何も―――――――――――――――…










「ねぇ、パパ、娘さんのこと、聞かせてくれない? 
 なんでもいいから……。
 できれば小さい時のことを――――――……」

「覚えて、無いんだ………」

「覚えて無いって…?」

「何も、覚えて無いんだよ………」

「覚えて無いってどういうことなの?」

「だから、覚えて無いんだよ」

「だから、覚えて無いってどういうことなの!?」

「ひかるちゃん、パパを余り困らせないでくれ。
 いい子だから………」

「じゃあ今は?」

「今?」

「今は娘さんはどうしてるの?」

「元気にしてるんじゃないかな」

「してるんじゃないかって…一緒に住んでるんじゃないの?」

「住んでいるよ。
 でも嫌われているのか私と顔を合わせようとしないんだ……」

「…………、何か、怒らせるようなこと、したの……」

「娘のことは愛しているし、そんなことはないはずなんだけどなぁ。
 年頃だから、反抗期かな……」

「………………」

「お願い、昔のこと、なにか少しでもいいから教えて」

「なあもういいじゃないか。
 それよりもほら、パパのものまた元気になったよ」





父の手が私の胸を揉み、その舌が私の口腔を貪る…………。




















嗚呼――――――――――――――――………



















































第70話:探訪
終わり

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  第71話:桜劉会
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