輪光市東部にその事務所を構える桜劉会―――――――…
そのやりとりはその最奥の組長室で行われていた。


豪華な椅子にどっしりと腰を下ろし、踏ん反り返っている男は、桜劉会組長・くろがね虎鉄こてつ
彼に相対し、にこやかな笑顔を浮かべているのは―――――、





「この街も随分発展してきたものだ。
 以前の面影などまるで残っていない………。
 もっとも、この辺の頽廃ぶりはあまり変わらないがね」

「………………」

「なんといっても、人が増えた。とにかく、増えた。
 新しいマンションが雨後の竹の子よろしく建ったというのに今も尚、続々と建設中だ。
 もう数年もすればこの辺の人口は更に膨れ上がる。
 2倍にも3倍にもね。
 当然、風俗街なんかの需要も増して―――」

「どうした、随分口数が多いじゃないか。
 まさかこんなところへ世間話をしにきたわけじゃないだろう?
 俺たちは別にこの街を喰らおうなんてこれっぽっちも考えちゃいない。
 ただひっそりと小銭が稼げればいいだけさ」

「いやなに、そろそろ事業拡大の時期かとおもってね。
 なにしろ風俗店の運営には警察署の許可が必要だからねぇ」

「で、リベートの値上げ要求か?
 人が増えたから売り上げが上がったと言いたいわけか」

「勿論だとも。
 そろそろ老後のことも考えないといけない年だからね。
 こんな辺境の署長じゃ実入りもしれてる」

「はっ、呆れた警官だな―――」

「これでも、街の治安は守っているつもりなんだがね。
 だがお前らみたいなウジ虫はどこからから湧いてくる。
 法の目をかいくぐって弱者に食らいつき、他人の生き血を吸う寄生虫共が、ね。
 だったら飼い慣らしておいた方がまだ利口ってもんじゃないかね?」

「は―――、ご立派すぎて反吐がでそうだ。
 分かったよ。今の金額にあとこれだけ乗せしようじゃないか」



鉄の手元に、つなしはにんまりと微笑んだ。




















「そうそう、勿論気付いているとは思うが、最近この街の治安を乱す連中がいてね」

「――――――?」

「神羅雪となのる族なんだが、知らないのかね?」



鉄は答えず、ただかぶりを振った。



「近々警察の方で取り締まろうとは思ってはいるんだが、
 こちらもなにかと人手不足でね」



鉄はただ、黙している。



「君のところはほら、去年、魔夜火紫まやかしの餓鬼共を拾ったし、族に詳しい連中が多いだろう?
 レディースなんて気取って走っちゃいるが、ありゃあいかん。
 レースクイーンの群れならともかく、ありゃ駄目だ。
 街の景観を壊すこと甚だしい。
 あんな連中を街に居座らせても百害あって一利なしだしね」

「まさか、そのネズミ駆除を俺たちにさせようって言うんじゃねえだろうな?」

「なに、少しばかり街の治安を守るのに協力して欲しい、と言っているだけだよ。
 同じ一市民としてね。
 それに君たちにとっても悪い話じゃない。
 なにしろ君たちは風俗店の利権争いに必死だ。
 どうだろう、神羅雪を潰してその女共をそっくりそのまま風俗で働かせるっていうのは。
 そのほうが女としてよっぽど社会の役に立つってモンだ。
 彼女たちを更生させる、大切な役割だと思うんだがね」

「あんたほんとに警官なのか?
 俺はあんたを取り締まりたくなってきたぜ」

「警察手帳をみたいかね?」

「いいか、十、よく聞け。
 神羅雪の頭は磯姫―――七種さいくさいつき。
 あれは一筋縄じゃぁいかねぇ。
 俺は女なんてただの道具としか思っちゃいねぇが、あれだけは別だ。
 狂犬なんて可愛らしいもんじゃねぇ。
 まさしく吸血鬼ヴァンパイアだよ―――。
 それに奴の下には神楽の妹もいる。羽織といったか。
 これがまた大層腕が立つって話だ。
 あいつらはたかが女なんて思っちゃいけねぇんだよ。

 あれは―――、そう、あいつ・・・と同じ――――――……、

 十、あんた、それを知ってて俺に押しつけようとしたな?」


「ははは―――、ならこの情報は掴んでいるか?
 新たにメンバーに加わった一人。
 羅城せつら」


「羅城―――――…、か―――……、、、」


「そうだ。
 その名には少なからず因縁があるんじゃないかね?
 鉄さん」










鉄はその名を出される前から、一人の男のことを思い出していた。
それはかつて、この輪光一帯を完全なる支配下においた男の名だった。

彼の組はその男と抗争を持ったことがあるが、たかが高校生に相手に、勝負は互角どころか圧倒的劣勢を強いられた。
メンツの保ってなんぼのこの世界で、三麓校に通っていた息子までも食い物にされ、その全てに折れて放置したのは、彼が本心からその男を認めていたからだった。

彼はもう完全に―――その男に魅入ってしまったのだ。

卒業後はなんとしても組に引き入れ、幹部待遇で迎えたいと思っていたが、しかし、男はこともあろうか突然行方をくらまし、一切の消息を絶った。

その後の大ニュースでその妹らしき羅城せつらが意識不明で入院したのは知っていたが、政府と警察の大流入で治安と警戒が強化され、うやむやになってしまった。



しかし―――……、、



今となってはもう、そのせつらという女が、あの男の妹かどうかなどということには興味が無い。










鉄はかぶりを振った。


「やめだやめ。その名に関わるとろくなことがねぇ。
 なによりこれまで散々テメェらで保護していたくせに、
 今になって狩らせようって態度が気にいらねぇ。」

「おいおい、桜劉会も堕ちるところまで堕ちたね。
 東は随分手広くやってるくせに、西は羅城の名一つで踏み出せずかい?
 ヤクザの名が泣くね」

「なんとでも言え。
 いいか、俺たちはぶつかれば殺仕合だ。
 だがな、あいつは俺たちを殺そうなんてこれっぽっちも考えちゃいなかった。
 この差がお前に理解できるか・・・・・・・・・・・・・
 この世界、生き残ってなんぼなんだよ」

「分かるさ。俺だって奴とは何度も顔を合わせているんだからな。
 でも磯姫は女。
 女なんて一度薬漬けにしちまえばどうとでもなるんじゃないのかい?
 おまえさんとこの十八番だろう?」

「とても警官の言葉とはおもえねぇ―――。
 こういっちゃなんだが今からでも俺たちは職業を取り替えた方が良さそうだぜ」


「鉄、いいか―――。
 お前の仁義なんて糞みたいなモンは権力の前にはなんの役にも立たねぇんだよ!!!
 お前に残されたのは金だ!!!金が全てだ!! 違うか―――!?」


「……………」


「おまえが神羅雪とやらを潰しくれれば、俺は治安を守れる、人員を割かなくてすむ。
 おまえはただ同然で大量の風俗嬢を確保できるんだ。
 そして俺はそれを見逃してやると言ってるんだぞ?」


「断る、と言ったはずだ」





その時、部屋に控えていた一人の男が足を踏み出した。





「オジキ、俺にやらせてください!!!」

「戸田てめぇ出しゃばるんじゃねぇ!
 おやっさんががいかねぇって言ってんだぞ――――!」



前に進み出たのは、暴走族魔夜火紫の最後のリーダー戸田筧。
現在、桜劉会幹部候補生である。



「なんだ戸田、おめぇ、なにか策でもあるのか?」

「そんなものありゃしません。
 ただ、俺たちの魔夜火紫がもうねぇのに、
 女の族がのさばってるなんて許せねぇっつうか―――……。
 だから俺は、なんとしてもこの手でブッ潰してやりてぇんです」

「戸田、威勢だけじゃどうにもならねぇことだってあるんだぞ。
 相手は磯姫、おまえだって噂くらい知ってるだろう?」

「ええ、それはよく知ってますよ・・・・・・・・。その女のあそこ・・・の感触もね。
 そりゃもういい具合でした」

「何―――…?」

「だから、また俺のブツでヒィヒィよがらせてやりますよ。
 あの時のようにね」





「くっくっく、これも若さか―――………。
 いいだろう、やってみろ」

「ふふふ。
 戸田君、動くならなるべく早く頼むよ。
 我々が出動せざるを得ない状況にならないうちに――――、ね」

「うっす!
 オジキ、早速準備にとりかかっていいすか?」

「いいだろう。但し――――――、やるのはお前らだけでやれ。
 組のモンは女を回収する時以外には使うんじゃねぇ、分かったか」


「うっす!!」





戸田が深々と頭を下げて部屋を出て行く。










鉄はその大きな背を見送りながら、

俺はもう餓鬼の喧嘩に手を出すのはごめんだからな――――――と、低く呟いた。






























十がすっかり冷めたコーヒーを一気に呷った。
それからコートを受け取り帰り支度を始める。

鉄が手で合図をすると、部屋の中にいた幹部がそそくさと部屋を後にした。

今、部屋の中には鉄と十の二人だけだ。





「ちょっと待ちなよ。
 どうなんだい。実際のところは。
 もっとはっきり言ったらどうだい?啓ちゃん・・・・


鉄の言葉に、十はその老体を固めた。


「くそっ……。俺も欲に目が眩んだか……」

「今更なにを言ってやがる。
 で?本当の目的はなんだい?」

「羅城せつらだよ」

「それがどうした?」

「何、一目見た時から一度犯ってみたい・・・・・・・・と思っていてね―――」

「ま〜た一目惚れか。
 お前の悪い癖だぞ。しかも執拗に固執する。
 俺は何度も注意したぞ―――!?」

「何とでも言いたまえよ。
 いずれにしても俺があの子と合法的に姦るには店に入って貰うしかないからな。
 俺は何事も合法的に進めるのが好きなんでね」

「ケッ、どの口がほざきやがる。
 昔は散々不良少女を食いまくってたくせによ。
 しかし残念だったな。
 あの娘、少し前なら買えたのに―――――」

「生憎、顔見知りなんでね」

「警官が17歳の娘を買うわけにはいかねぇってか。
 なるほど確かに合法的だ。
 しかしその年になってまだ現役かい」

「当然だろう。それとももう勃たないのかい、虎鉄こてっちゃん」

「ケッ―――!!!
 こちとら40年、365日、朝から晩まで使い込んできたんだ。
 少し勃ちが悪くなっても致し方ねぇってもんだ」

「そりゃ羨ましい限りだね。
 じゃあ今度の店では、勃たなくなるまで使い込ませて貰うとするよ、鉄組長殿」

「いい薬を用意しておいてやるよ、十署長殿」

「それはそれは。
 戸田君の働きに期待しているよ」

「どうだろうな、正直あれに期待して良いものかどうか―――……」

「何、最悪こちらが取り締まれる不祥事を起こしてくれればそれでいい―――。
 その時は一気に掃除をさせて貰うよ。
 戸田くん共々ね―――」





そう言って、十は部屋を後にした。






























誰もいなくなった部屋で、鉄は新たな煙草に火をつけた。

肺を満たす煙草に安らぎを感じながら、彼はその口元をいやらしく歪めた。

天敵であるはずの警察官が身内というのは実に美味しい。
まあお互いそれなりに苦労はしたが、それでも十二分に、甘い蜜を吸ってきた。
勿論、これからも。

正直なところ神羅雪の行動は目に余っていた。
奴らには、折角高い金を払って十に見逃させている売人を既に十人以上も潰されていた。

流入してきた中国ディーラーの排除に手間を取られていたが、十の言うとおり今は風俗に力を入れた方がいい。
濡れ手で粟、だからな風俗は。





しかし―――――――……





鉄は壁に掛かったこの街の地図を見て顔を顰めた。



本来ならその中心に桜劉会があるはずのその地図には、左端に赤いポイントが置かれていた。





以前は羅刹の存在が





そして今は神羅雪の存在が





巨大な壁となって、桜劉会の西方侵出を妨害し続けているのだった。



















































第71話:桜劉会
終わり

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  第72話:戸田
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