基本的に族というものは縄張り意識と帰属意識が強いため、地元にしか根付かない。
だからこそ磯姫もまた輪光へ戻ってきたのだろう。
そして大抵のレディースには男をつくらないという掟が存在する。
かつての神手黎羅もそうだったように。
今はまるで義賊気取りで、子供じみた正義感でヒーローごっこに興じているようだが、所詮は奴らも社会のはみ出しもの。
社会に適合できず、まっとうな道からそれたクズだ。
俺たちと同じように社会から疎まれ、蔑まれ、排除される存在。
族の掟で薬に手を出すのは御法度だろうが、目の前に垂れる甘い蜜をやすやすと見逃せるほどその精神構造は強くあるまい。
俺はまず神羅雪の末端らしき女に接触を試みた。
だが、破格の値で交渉してやったというのにまるで興味を示さない。
それどころか目の敵にしてきやがる始末。
あの磯姫について行く女の精神はなかなかに強かった。
地位や恐怖ではなく、畏れや崇拝に似た感情を抱いているらしく、どうやら薬漬けにするのは一筋縄ではいかないらしい。
そこで俺は次に、イケメンを差し向けた。
汚い策のように思えるがこれこそ王道にして正攻法。
男をつくってはいけないという破れぬ族の掟があるからこそ、一度は火が付けばその恋は燃え上がる。
一度落としてしまえば情報を聞き出すのも、探らせるのも容易になる。
男と違い女は愛に没頭する生き物だ。
気付いた時には薬中になっていてもう二度と抜け出せない。
思うに、男と薬にはまった女ほど哀れな存在はいまい。
これまで何人と見てきたが、どいつもこいつも悲惨な状況の中喘いでいる。
彼のため、薬のため、金を稼ぐために平気で股を開くようになる。
今度は上手くいった。
出会ってから三日目で女は堕ち、薬もやらせることに成功した。
だが、あまり悠長にはやっていられない。
オジキの前であれだけ大見得を切っておいて、殴り込みにさえいかないようじゃ、俺には破滅の道しか残らない。
しかし俺は再び唸ることになった。
まだ薬をやらせてから一週間だというのに、女が神羅雪から切られたのだ。
騙されたと気付いた女は泣き喚いたが後の祭り。
そのまま風俗店送りにしてやった。が、驚くべきことにターゲットにしていたもう一人の女も同じ結果に終わった。
それでも俺は彼女たちから、神羅雪の構成員、人数、集会日時や集会所、活動範囲など、できる限りのことを聞き出した。
神羅雪の女とはいえ所詮は群れてしか行動できないカスだ。
孤立すればこんなに脆いものは無い。
その二人の女の情報はほぼ合致しており、その点は俺を大いに満足させた。
だが―――――――――
だが、情報を聞き出せたから何だというのだ?
女は既に磯姫に手を切られ、新しい情報は手に入らない。
こちらから情報を送り込むこともできない……。
時折、オジキから尋ねられる進捗状況に、最初こそ意気揚々に答えていた俺だったが、最近では口ごもってしまう有様で………。
神羅雪の構成員を少しずつ狩っていく、という手もあるのだが、しかしそんなことをすれば磯姫が黙ってはいまい。
こちらの存在を感づかれたが最後、全力で報復にでてくるだろう。
そうなると全面対決しかないが、組の者は使うなと厳命したオジキは、俺を助けてはくれまい。
その時は、俺だけが狩られて―――――――――、終わる。
クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソクソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソクソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!
クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!
クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!
女のくせに―――!!!
女のくせに―――!!!
糞アマ共があああ―――――――――――――――――――――!!!!!
薬中にさえすれば、何でも言うことをきかせられるのによぉぉぉぉ―――――――――!!!!
女は黙って股開いてりゃいいんだよ!!!
畜生共があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――!!!!!!
俺は激しい鬱憤を募らせていた。
この俺が、女相手に身動きがとれず、日が経つに従って俺の立場はどんどん危うくなる。
かといってまともに戦えば勝ち目はない。
こんな惨めな、、
こんな惨めなこと、他にあるものか―――――――――!!!
そんなときだ、十が来たのは。
呼ばれ、組長室を尋ねると、既に十の糞野郎がそこにいて、まるで自分の部屋のようにくつろいでいた。
警察署長のくせにヤクザにたかるクソ汚ねぇクズ野郎だ。
「おお、戸田君。それでどうなんだね、調子は」
「すんません。
それが、あまり……」
「それがこいつてんで駄目なんだよ。
下っ端を薬漬けにしようとして逆に匂いを嗅ぎつけられ、今じゃうちの販売員が何人もやられてる。―――だったよな、戸田」
「は、はい………、すんません……」
オジキの声にははっきりと怒りが見て取れた。
薬の販売経路を潰されるのは直接組の懐に響く。
下手をすると俺が責任を取らされる可能性も出てくる。
舎弟共を叱咤し、売り上げを下げないよう厳命してはいるものの、ただでさえ神羅雪に人員を割いているため、明らかに収入が減ってきていた。
「それで、もう策はないのかい? もうお手上げかい、戸田くん」
十がいやらしい口調で訊ねてくる。
畜生―――――――――ッ!!!
この俺が、
魔夜火紫の総長たるこの俺が、
たかが女グループ一つ潰せないなんて――――!!!
俺のプライドはもうずたずただ。
本当なら単身乗り込んででも潰してやりたいところだ。
だが、あの女!!!
磯姫!!!
万に一つもあの女に勝てる気がしねぇ!!!
それにもし、神楽の妹に負けようモンなら俺はもう再起不能だ。
男として、人間としてもう二度と立ち上がれねぇ。
クソッ!
クソッ!
クソッ!
クソッ!
クソッ!
クソッ!
もう、こうなったら――――――――――
「こうなったら、俺も本気出します。
神羅雪の女を少しずつ拉致って薬漬けしてやります」
「はっはっはっ―――、十さん、こいつほんと馬鹿で困るんだよねぇ」
「全く……、これが若気の至りってやつかねぇ―――。
ま、少しだけ羨ましいよ」
俺は二人にジジイに見下され嘲られても、何一つ言い返せない。
ここでぶち切れようものならその瞬間俺の命が飛ぶ。
今はこの老人たちの辱めに耐えるしかない。
「戸田。お前が薬を使った所為で、もうこっちの匂いは嗅ぎつけられてんだよ。
それで拉致でもしてみろ。どうなると思う?」
「………………」
「てめぇの足りねぇ頭フル回転して想像してみろって言ってんだよ。
この世界、危機管理は大事だぞ?」
「戸田くん、以前、羅城くんの時はなんとか生きのびたが……、アレはどうやらあまり見境が無いらしい」
言われずともそんなことは分かっている――――――!!!!!!
神羅雪は以前から薬の売人を狩っていた。
だから今も単に薬の売人だけを狙っていると考えることはできる、が、それはうちの組への警告、あるいは宣戦布告である可能性は大いにあった。
俺がそう考えていないだけで、オジキや十はそうとってもおかしくない、ことくらいは分かる。
見境云々は、磯姫に潰された玲瓏会のことを言っているのだろう。
実際、玲瓏会がどれほどの規模を持っていたかは知らないし、単に雑魚ばっかりだったとも思えるが、やはり侮るわけにはいかない。
現実に、俺は神羅雪を潰せずにいるし、桜劉会は羅刹に勝てなかった。
クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ クソ ―――!!!!!!!!!!!!
どいつもこいつも、人の頭の上で遊んでいやがる!!!
羅刹と磯姫は絶対的な暴力で。
目の前の鉄と十は圧倒的な権力で。
生まれた場所がもう少し違ければ、俺が頭になっていておかしくなかったはずなのに。
だがここでは。
俺はいつも誰かに首根っこを抑えこまれている。
いっそ輪光を出て行って、他で名をあげてやろう、とはこれまでに幾度となく考えてたことだが、それは最後の最後、最終手段だ。
まだ俺は折れちゃいねぇ。
「ま、こっちは構わないんだけどね。
彼女たちにはもう暫く街の屑共の駆除に尽力して貰うってことで―――」
「ちょっと待ってくれよ、十さん。
うちに金が入らなくて困るのは、なにも俺らだけじゃ無いんじゃなのかい?
それにあの娘に咥えさせたいんだろ?
協力してくれれば酒池肉林のVIP待遇を約束するよ」
「ははは、鉄くんも余程切羽詰まっているようだ。
というわけだから戸田くん。
ここは三人力を合わせて一網打尽大作戦といこうじゃないか」
「は、はぁ………」
「次の神羅雪の総会は―――と………、んーもうすぐだな。
仕掛けるのは総会解散後。
終わるのは大抵0時前後だから仕掛けるには丁度良い。
狙うのは磯姫をはじめとする幹部のみ。
勿論、警察は手荒な真似はできないからね。
我々ができるのは追い込みと幹線道路の封鎖だけだ。
彼女たちを追い込むポイントなんかは追って連絡するが、
あとは戸田チームと鉄チームで何とかしてくれたまえよ」
「………………………」
「けっ、サツと共同戦線を張ることになるとはな――――――だが助かるぜ、十さん。
おい戸田、てめぇのケツ拭いてくれるって言ってンだぞ、
なんかいうことあるだろうが―――!!」
「ウッス―――!!
ありがとうございます―――!!
必ずあの女を仕留めてみせます――――――!!!」
嬉々として語る十の顔面を、
原型が残らないほどぶっ潰してやりたい衝動を、
俺は必死に堪え、頭を下げた。
第74話:魔手
終わり