時刻は丁度深夜1時を過ぎた頃だった――――…
女ってやつぁ余程長話が好きなのか、予定より大分ずれ込んでいた。
凍えそうな寒さの中、待たされる方の身にもなってみろってんだ。
総会に乗り込んで一網打尽にしなかったのは、神羅雪を完全にその根幹から潰すためだ。
道交法改正で集団暴走だけでも逮捕することは可能になったが、それでは一時的にやつらを罰するだけに終わってしまう。
神羅雪の幹部連中を薬漬けにし、風俗嬢に仕立て上げるということこそが、十の糞野郎の案こそが、神羅雪を確実に、完全に根本から潰す方法であり、今日の計画の本願だ。
だから―――、この幹部連中だけは警察ではなく、俺たち桜劉会の手で捕らえなくてはならないのだ。
正直、オジキと十のやり方には反吐が出そうだが、ここまできたらその案に乗じ、俺も女たちのまんこを楽しんだ方が得策だ。
俺たち元・魔夜火紫と、神羅雪は山の中腹で睨み合っていた。
目の前には10台程の単車。
ヘッドライト越しに浮かび上がる女共―――――――――
(磯姫、神楽、羅城―――――よし間違いない)
2ケツもいるため、人数は10ちょいと言ったところか。
今日、女を乱暴して引き出した情報に寄れば恐れるべきは磯姫と神楽の二人のみ。
羅城は戦力にはならない。
それから羅城と共に加入したもう一人の学生、白井悠理、こいつも完璧なパンピー。
(あの大人しそうな女、か――――――…確かに情報通りだな)
後は中堅クラス。
磯姫が他県からスカウトしてきた族長らしいから、それなりには強いだろうが、ここからようやく所詮は女というセオリーが通る。
対しこちらは30人近く。
この先の道路は警察車両によって封鎖済み。
それに後続でオジキたち桜劉会本陣がやってくることになっている。
俺の役目は特攻隊だ。
相手が相手だけに一筋縄ではいかないが、ここで退くわけにはいかない。
最悪、おじきたちがくるまでの時間が稼げればいい。
戸田、やれ、やるんだ――――――!!
あの女と闘ったのはもう5年も前の話だ。
今の俺はあの時とは違う!!
体格だって、喧嘩だって段違いに強くなってんだ!!!
勝てる!勝てるぞ!!
相手は女。
力でねじ伏せろ――――――――――――――――――!!!!!
俺は前へと進んだ。
「なんなのこれ――――!?」
「嵌められたね。多分警察もぐるだ」
「そんな―――!?」
真っ暗な道を男達が歩いてくる。
無数のヘッドライトが強烈な光で闇を切り裂く。
山の中腹のためもとより人気はなく、乱闘に適してはいるが、山道とはいえここは一般道。
一般車両が通れば即通報され警察が飛んでくる―――はずなのだが、この先は警察車両によって封鎖されていた。
凍えるような寒さ以上に、私は悪寒を感じずにはいられなかった。
はっきりとは分からない、が、とても嫌な事態が起きていると言うことだけははっきりと分かる。
非日常的な、圧倒的な暴力という嵐に見舞われる恐怖。
私は悠理の手を掴んだ。
私も無力だが、彼女はもっと無力だ。
「せつら……」
「悠理……」
「闘るしかないよ」
いつきさんがはっきりと言った。
羽織がコートを脱ぎ捨て、木刀を構えた。
私も覚悟を決めるしかない。
あれ以来、羽織に何度か稽古をつけて貰ったものの、へっぴり腰なのは相変わらずだった。
「せつらと悠理はスタンガンを」
「わ、分かった……」
手が震え、木刀を取り落としそうな私に羽織が告げた。
私は悠理と手を繋いだまま、もう一方の手にスタンガンを構える。
一番前に進み出てきた男が声を荒げた。
「磯姫ぇ――――――、随分と綺麗になったじゃねーか!!
こんなに暗くてもお前の美貌はきらきらと輝いてるぜぇぇ―――!!!」
「はぁ?誰だよ、おまえ?」
「なんだよ忘れちまったのか?
魔夜火紫の戸田、だよ。
俺はよーく覚えてるぜ、お前のマンコの具合を―――――よ」
「………知らねーな」
「くっくっくっ。じゃあすぐに思い出させてやるよぉぉ。
お前は忘れても、お前のマンコは俺のチンポの味を覚えているはずだからなぁ―――!!!」
どうしようもなく下品な男だった。
とはいえプロレスラーのような巨体は、本当に強そうで、怖い……。
「ご託はいいからさっさとかかって来な。
覚えてないのは粗チンだったからだろ」
いつきさんも……。
星は数える程しか出ていなかった。
私の目に焼き付いたのは、
ヘッドライトに浮かび上がった、
醜い男の怒りの形相―――――――――――――
かなりの度胸をつけたはずなのに。
それなりに場数も踏んだはずなのに。
凄まじい乱闘の中で、私と悠理は完全に縮こまってしまっていた。
「せつら、立て!」
尻を蹴飛ばされ私は飛び上がった。
「羽織っ―――――――――――」
「悠理を連れて逃げな!
やつらヤクザとつるんでやがる。下から増援がくるぞ!!」
「えっ、でもっ――――――!」
「喋ってる余裕はねぇ―――! 早くしろ!」
確かに、山の麓から無数のヘッドライトが向かってくるのが見えた。
それがパトカーではないのは一目瞭然だ。
「悠理」
「せつら……」
お互い震えていた。
警察に追い回されたことなら何度もある。
でもそれは相手は警察で、それは単なる遊びの延長で。
だって捕まったところで未成年の私たちは少しお説教を受ける程度だ。
だからそのドキドキは楽しいドキドキで。
今この街には、明確な抗争相手なんていなかったから―――――…
「悠理、行こう」
「でも……っ」
「悠理、立って」
「駄目だよ、せつら……、私たちの掟忘れたの―――!?
絶対に仲間を見捨てないって―――!!」
「そうっ、だけどっ、私たちがいても足手まといなんだよ!!」
「そんなこと、ないっ、私だって、戦える―――――……!!」
「悠理!?」
「せつら、私をひっぱたいて」
「え?」
「この震えを止めて、お願い」
「悠理――――――……」
私は急に恥ずかしくなった。
強い。
本当に強い。
この子は――――――――……
「分かった」
飛び交う怒号。
殴り合い、威嚇し合い、相手をぶちのめす。
私は悠理の頬を思い切りひっぱたいた。
それから悠理に頼んで私も一発。
叩かれた頬が熱かった。
けどそれ以上に肉体が熱かった。
燃えるように、熱い。
熱い
熱い
暑い―――――――――――!!!
私もコートを脱ぎ捨てた。
今ならこの程度の冷気が丁度いい――――――!!!
私と悠理が構え、周囲を見回すと、辺りはいつの間にか静かになっていた。
既に戦いは終わっていた。
立っているのは、見知った顔ばかり。
男達は皆呻き地面をのたうっているか、ぴくりとも動かずに地面に転がっている。
「え―――?」
「あれ?」
木刀を構え、凛と立つ、いつきさんと羽織の姿が眩しかった。
私は内心胸をなで下ろし、ほっと一息吐こうとしたが、その場の雰囲気がそれを許さなかった。
誰一人、笑っていない。
喜びの声をあげていない。
まだ、終わっていない。
(そうだ、羽織はヤクザがくるって―――――――――――!!!)
麓に見えた無数のライトはもう、すぐ近くまでやってきていた。