4月――――――――――――
私はいつの間にか3年にあがっていた。
2年夏休み以降、殆ど学校へ行かず、挙げ句傷害事件を起こした私が留年せずに進級できたのは、私の優等生時代の功績と、ここで留年させるより進級させた方が私の為になる、という配慮から、らしい。
実のところそれは前例の無いほどの寛大な処置であり、そのお陰で私は生活指導と寝たという陰口をたたかれる羽目になった。
「せつらはやっぱり羅刹の妹だった――――」
「ヤクザと喧嘩して勝ったって……」
「喧嘩すると確実に病院送りだってよ」
「警察も怖くて手が出せないらしいよ」
「援交相手は全員暴力団」
私はただ、だらだらと日々を過ごしていた。
日々がつまらなく、誰一人とも会話のない毎日。
あの時を期に神羅雪も抜けてしまった。
いつきさんは止めてくれたけど、私を恐怖の目で見るメンバーの怯えた貌が今もまだ焼き付いていた。
あの時の事件はまた大きなニュースとなって、暫くの間輪光を賑わせた。
私はてっきり逮捕されるものだとばかり思っていたのだけれど、事態は分けの分からぬ方向へ展開し――――――……
あの夜の出来事は、暴走族グループ魔夜火紫と、暴力団桜劉会の内紛に、偶然神羅雪が巻き込まれた、ということになったらしい。しかも警察内部に暴力団と通じていた人がいたとかで、かなり騒ぎになっていた。
私にはどうしてそういうことになるのかさっぱり分からなかったけれど、多分いつきさんが何かしたんじゃないか、と勝手に思っている。
本当はもう、授業なんてどうでもよかった。
学校など、もうこれっぽちの興味もなかった。
それでも学校へ通い続けたのは、入院した羽織の見舞いの折り彼女から頼まれたからだ。
学校に行けときつく言われたからだ。
退院するまで授業を受けれないから、その代わりにちゃんと受けて、あとで教えてくれ、と――――――…。
私は渋々彼女の頼みを受け入れた。
本当は彼女自身、既に学校や勉強になんの未練も無かっただろう。
それでもそれを私に頼んだのは、私のこの化け物のような力を目の当たりにして、人間離れした力を手にしてしまった私を、なんとか日常に留めようとしていてくれたのかもしれなかった。
ヤクザから銃弾を浴び、バンの突進を受けて無傷だった私に、普通の人が、普通に過ごす、普通の道を示そうとしてくれたのかもしれなかった。
とはいえ、私に他にすべきことも見つからず、
だから私はただ、羽織との約束を守るためだけに学校へ通い続けていた。
誰もが皆、私を避けていた。
悠理と萌、そして伊本以外は。
ただ学年がかわり違うクラスになってしまった萌とは、殆ど顔を合わせる機会が無くなっていた。時折話す、程度。
悠理は以前の彼女とはまるで違い、どこか凛とした雰囲気を持つようになっていた。
彼女もまた、あの時の私の姿を目の当たりにしたはずなのに、まったく気にしていない。
勿論、それが私にとってたまらなく嬉しかったことは言うまでもない。
そして伊本。
こともあろうか再び同じクラスになってしまった彼。
去年、私は彼の前ではっきりと援交を認め、しかも売ろうとまでしてしまったから、二度と顔をあわせたくなかったのに、彼はまるで何事もなかったかのように、気さくに話しかけてきた。
誰もが敬遠し、遠巻きにする私に。
「うざい」
とはっきり何度も告げたのに、彼はことあるごとに私に話しかけることをやめず―――――…
私は神羅雪に入ってから援交はやめていたから、そのことを彼にちゃんと伝えた。
「もう援交はやめたし、いくらつきまとっても意味ないよ」
「そっか、良かった、ずっと心配してたんだ」
と彼は笑った。
私には彼の行動が理解できなかった。
私に話しかけたところで嫌な思いをするだけだと分かっているはずなのに。
何の恩恵も、メリットもなく、決して見返りなどあろうはずもないのに―――――……。
それどころか、皆が忌み嫌っている私に構うのは彼にとってマイナスでしかなかったはずだ。
だから彼はもしかしたら歪んだマゾなのかもしれないなと思った。
私に邪険にされて喜んでいる精神異常者。
実のところ―――……
凛とした優等生振りを遺憾なく発揮し始めた悠理の周りには人が集まり始め、私に話しかけるのは、彼女よりも伊本の方が多くなっていた…。
そして正直に言えば、私は誰かに構って貰えることに、しかも好意を持って貰えることに喜びを感じていたのだった。
ある日、偶然、二人きりになった教室で、私は彼に話してしまおうとしてしまっていた。
それは未だ悠理にも羽織にも、そしてずっと一緒に援交をしてきた萌にさえ相談できずにいたこと―――――……。
家に帰ると、毎晩のように、父に身体を求められると言うこと――――――………
もう何ヶ月も、父と娘の関係ではない。
せつらという名前を呼んで貰っていない。
父は昼間は普通に会社勤めをしているはずなのに、私と二人でいる時だけは人格が変わってしまう。
私にはもうどうしたらいいのか分からなかった。
誰にも相談できなくて、ずっと一人で抱え続けてきた。
でも、彼なら
もしかしたら彼なら、真剣に話を聞いてくれる、
ただ私のことを考えて聞いてくれる……
そう思って――――――……
「あのさ、伊本……」
「おおぅ? つうか俺、せつらに名前呼ばれたの3年になって初めてじゃね?」
「そ、そうだったかな……」
「そうだよ。
大抵俺が話しかけても返事すらしないことの方が多いしな……」
「それは、だって……うざいから………」
「で、どうかしたのか?」
「あのさ………」
彼はあの日、去年のクリスマスイブの日、私が彼のものを咥えようとしたことを、誰にも言っていないようだった。
だから、信じていいと思った。
信じられると思った。
たとえ彼に話したところでなんの解決にもならないのだとしても、
私一人の心の中に留めておくのはもう限界で、
彼ならきっと味方になってくれて、
それだけで少しだけでも、楽に、なれると――――――――――――――
その好意に甘えそうになってしまい、
けれど、いざ口にしようとすると、どうにも言葉にならず、
私はずっと黙り込んでしまっていて…………
気付いた時にはキスされていた。
ショックだった。
本当に。
裏切られた、そう思った。
私は彼を突き飛ばして教室を後にして――――――――――――――――……
次の日から私は、彼のことを完全に無視するようになった。
これまで、勉強しなくとも、それなりについていけていた授業は分からないことが多くなり、私は再び学校を休み始めた。
それでも羽織との約束を果たすため、何とか通っていたけれど―――――――……日に日に苦痛は増し、
執拗に話しかけてくる伊本をシカトし続けていたら、感じが悪いとクラスの連中からあからさまな虐めを受けるようになった。
辛かった。
喧嘩ならいい。
喧嘩なら、誰にも負けないから。
相手が男だろうと何人がかりだろうと、
私にはもう<力>があるから――――――――――――――――…
でも誰がやったかもわからない、陰湿な嫌がらせは――――――………本当に苦痛だった。
それでも気にしない素振りで耐えていた。
父の所為で時折産婦人科へ行かなければならなかった私は、その場を知り合いに目撃され、再び援交少女のレッテルを貼られた。
ある日、皆からは慕われていたはずの悠理と萌が、私の友人というだけで虐めを受けているのを知って以来、私は彼女たちと会うのを避けるようになった。
6月――――――――――――……
私はただ、羽織が戻ってくるまで、戻ってくるまで、と耐え続けていた。
しかし退院した彼女は学校へはこず、リハビリを兼ねてしばらく自宅療養をするらしく―――――――……
私は、学校をやめた。
私はいつからか、羅刹と呼ばれるようになっていた。
羅城の名が再び周囲を席巻していった。
とはいえ黒髪の女一人。
いくら羅刹の異名をもっても、この容姿では舐められてしまうのだろう。
度々因縁をつけられては暴行を繰り返し、一度過剰防衛で警察に捕まってから、私は相手を打ちのめしたらすぐに逃げるようになった。
この<力>があれば何にも困らなかった。
生活にも、金にも困らない。
援交をする必要もない。
金はむかついた奴から、喧嘩を売ってきた奴から奪えばいい。
私は東の繁華街、裏の界隈を彷徨いては、弱者にたかろうとする輩から金を奪った。
誰一人、私に勝てるものなどいなかった。
でも孤独だった。
いつも独りだった。
たとえどんな力を持っていようと、
どんなに金があろうと、
分かち合う友がいなければ虚しいだけだった。
こんなに強いのに。
誰にも負けないのに。
でも、一人では何もできない。
本当に、つまらない、くだらない世界だった。
そんな私が唯一女の子に戻れた時間―――――――――……
それは父との、援交を装ったセックスだけだった。
7月――――――――――――――――――――……
暑い、とても暑い夏の日だった。
私は暇つぶしに桜劉会の事務所へと出向き、その組織を完膚無きまでに叩き潰した。