30分後――――――…
俺は彼女をバイクのケツに乗せ、なぜかラブホテルへと入っていた。



理由?
そんなもの分からない。
俺が教えて欲しいくらいだ。



「何もしないよ」
「別にいいじゃん」
「寄り添えるから」
「落ち着けるし?」
「お金は私が出すし」
「早く」
「早く」
「もういいから」



みこと、と名乗った女はずかずかと、強引に俺をラブホテルに連れ込んだのだ。

その女のあまりの身勝手さ、強引さに呆れ、しかし彼女に体を触れられることに不思議と不快感はなく、俺は完全に主導権を握られてたまま、気付いた時にはホテルの部屋にいた。



「一緒にシャワー浴びよ?」という誘いをきっぱりと断り、俺は備え付けの湯沸器でコーヒー用の湯を沸かした。

彼女は今一人でシャワーを浴びている。





しかし分からない………。





(これは一体、どういう状況なんだ?)




「わー、私ラブホテル入るの初めて!!」
「あ、えっちな玩具置いてあるよ。せつらさん、こういうの使ったことある?」
「ちょっとここほこり臭いね」
「うわっ、うわっ、このバンド新曲だしてたんだ!
 すごーい!ずる〜〜〜〜〜い!!」



部屋に入った時の彼女は一人はしゃいでいた。
親しい友人にでも話しかけるようなそのテンションに俺は全くついていけず、ただひたすらに黙りを決め込んだ。
シャワーに誘われて断り、結局俺は一人取り残されている。





自分に起きている状況が分からず、俺はなるべく現実的思考へ戻ろうと試みる。

この後に起きる状況を予測する。

この女はおそらく魔夜火紫、あるいは桜劉会の残党―――…もしくはあの小童谷とか名乗った関西弁の男の仲間だ。
それは間違いない。

そして俺が記憶をなくしているのをいいことに、過去の友人の名を使い、まんまとこの場所に誘い込んだ。
シャワーをあがった彼女は次に、俺にシャワーを勧めてくるだろう。
そして俺を丸腰にする。
そこへゾロゾロと沢山の男が入ってきて袋だたきにされる。
といったところか。

俺にはあの<力>があるからいくら狭かろうが、何人がかりだろうが負けはしないが、もし彼女が関西弁の仲間だった場合はちょっとやばいかも知れない。


この<力>を封じられたが最後、俺は非力な18歳の女に過ぎない。


しかし、もしそうだとしたらやり方がまどろっこしいな……。
わざわざそんなことをする意味が分からない。

彼女が関西弁の手先ではないとすると、俺がシャワーを浴びている隙にコーヒーに睡眠薬を入れる可能性もある。
いやもしかして今俺が口にしようとしているこれに、既に薬が入っているかもしれない。





というのが、妥当なところか。





いや待てよ。
もしかするとこの部屋に、もしくはホテルに既に仕掛け・・・がしてあって、俺は力を使えなくなってたり………?

俺は右手に意識を集中させた。
力を込め、異能の<力>を呼び起こす。



喚び起こす・・・・・、といった方が正しいのか……。



ボウッっと俺の右手より遙かに大きな<右手>が顕れる。

といっても俺にも他人には視ることのできない、不可視の<手>。

それは俺の体の感覚の一部、意識の延長。

俺はすぐにそれを消した。
力は発動した。
どうやら仕掛けは無いらしい。





しかしいろいろな状況を推測する一方で、俺はそんなことは無いと思ってもいた。

なぜか彼女のことは信じていい気がした。
言動はかなりめちゃくちゃで、ややもすればラリってるのか・・・・・・・と思う節もあるが、その瞳は確かな意志を湛えていた。

なにより敵意も、悪意も微塵にも感じられない。


それに彼女が俺を見る瞳はまるで、悲しむような、愛おしむような……。



御巫みこと―――――…… 



その名前が妙に胸にくる。



空見飛鳥―――――……、彼の名と同じくらい、俺の胸をざわつかせる。










俺はベッドの上に腰を下ろした。
そのまま倒れて天井を見つめる。

やはりどうしてこんな状況にいるのかよく分からない。

ただ、もういい加減逃げ回るのにも疲れていた。

いつまでも逃げ回っているわけにもいかない、と思ってはいるものの、かといって、あの得体の知れない術に<力>を封じられてしまえば俺には為す術がない。

必ずこの前の落とし前はつけさせて貰う―――――――――、が、現状その為に、どうしたらいいのか、俺には分からなかった。










シャワー上がりの彼女は、その華奢な体に大きなバスタオルを巻いていた。


「せつらさん、シャワーは……」
「要らね」


明確に拒否する。


「だよね。なんか私、信用されてないみたいだし」
「………」

「私は、信じてるから」
「………」

「私は、せつらさん、信じてるから」
「………」



「で。俺をラブホテルなんかに連れてきてどうしようってんだよ?」
「お話、したいだけ」



そう言って彼女はベッドにあがり布団に潜り込んだ。
隣を大きく開き、俺を誘うが、きっぱりと断るとすぐに出てきた。

それから櫛を手にし、俺をベッドの端に座らせると、後ろから勝手に俺の髪を梳かし始めた。


本当にわけのわからない女だ。


俺はされるがままに大人しく髪を弄らせていた。

優しく、丁寧に、何度も撫でつけてくる。

それは一瞬、警戒心を解きかけたほど心地良かった。





後ろで彼女の嗚咽が聞こえた。


また、泣いてる………。


と思ったら視界が歪んだ。

気付かないうちに涙が頬を伝っていた。




(あれ―――――…なんで…俺……)




俺は彼女にばれないように、何度も大きな欠伸をするふりをして、零れる涙を拭った。




















「で、話って……?」


こちらから切り出さないといつまでも髪を梳かしてそうなので、俺は思いきって尋ねた。
彼女ももう泣き止んでいた。


「うーん、隣来てくれないと話さない」
「はぁ……」


最初にあった敵愾心は殆ど無くなってしまっていた。
警戒し疲れていた。

それにこの女に敵意はない。
これ以上、神経を張り詰めている必要は、無い……。


俺は仕方なく靴を脱ぎ、ベッドへと上がった。
彼女が布団に潜るが、俺は入らず、少し離れてベッドの背に背を預けた。


「私のこと、何も覚えてないんだよね?」
「ああ」

「うー…………………」
「ごめん………」


なぜか謝ってしまっていた。
俺に分かっているのは、彼女が親友だったらしいということだけだ。
そして彼女が俺に対して少なからず好意を持っていたということ―――――


「うー。せつらさん酷いよ〜〜〜!!!
 私のこと忘れるなんて―――――――――――!!」
「別におまえのことだけじゃねーよ。
 仕方ねぇだろ……、
 気がついた時には何も覚えてなかったんだよ………」

「うー。うー。うー。うー。う―――――――――!!!」

「うっせぇ。お前はガキか!!
 つうか、おまえこそなんでいきなりいなくなったんだよ?
 連絡しようとおもってもつかねーしさ」

「おまえじゃない!
 みこと!」

「は?」

「みことって呼んで―――!」

「はぁ…?」


いきなりがっちりと両手で頬を掴まれた。


「み―――こ―――と――――――!!!!!」


彼女が俺の眼前にまで顔をひっつけ、真顔で言ってくる。
俺は思わず顔が赤くなるのが分かった。


「近ぇ、離せよ!」
「離さない。
 みことって呼んでくれるまでぜったい離さない」


頭を振って逃れようとするが、思ったよりがっしりと掴み込まれていた。
本気で離す気がないようだ。


「わーったよ!
 みこと!みこと!」
「うんっ!」


彼女が満面の笑みを浮かべ、やっと俺は解放された。





あれ―――――……?





不意に感じた既視感デジャビュ
思い出せない、が、なんか、以前も同じようなことが、あった気がする……。





「で、みことはなんでいなくなっちまったんだよ?」
「うー。
 せつらさん昔はそんな言葉使いしなかったのにー。うーうー。」
「るせー、色々あったんだよ」


まるで捨てられた仔猫とでも言わんばかりに、じと目で、悲しそうに俺を見上げてくる。





「ね、せつらさん。
 あの時の真相・・・・・・教えてあげようか?」
「え?」

「30人が殺された事件の、だよ」
「――――おまえ知ってんのかよ!?」

「みこと……」
「みこと………、知ってるのか?」

「うん。
 あの30人を殺したのはせつらさんだよ」
「はぁ?」

「んとー…、せつらさんって、不思議な力あるでしょ?」
「!?」


ドキッとした。
この得体の知れない少女が、ますます得体が知れなくなった。



なぜこいつが俺の力を知っている?
俺だって半年前に知ったばかりなのに。

やはりこいつは俺の過去と深い関わりがあったのか――――――!?










しかしそう言われてみれば、頷けた。

あの30人惨殺事件は、どうやっても実行不可能―――――――――

もしそれを可能にする力があるとすればそれは人外の、人の想像を遙かに超えた力によるもの。
だとすれば今思えば、俺のこの力があればあんな殺し方・・・・・・をすることも可能なのかもしれない。





「私がね、せつらさんと間違えられて、あいつらに攫われたの」



「それで私あいつらに乱暴されちゃって」



「そこにね、せつらさんが助けに来てくれたの」



「それで、せつらさん、私のために怒って、あいつらを皆殺しにしたの」



「これが、事件の真相」



「わたしたち、愛し合ってたんだよ?」



「私の言うこと信じられない?」










「せつらさん?」










俺は必死に彼女の言葉を繋げていた。

そのピースを構成する。

それはぴたり、ぴたり、と僅かな違和感も、寸分の狂いもなく、怖いくらいに俺の頭の中に当てはまっていく……。



「い、いや――――――………
 信じ難い、けど……、信じられる………。
 それなら、色々、納得が……いく…………、、けど―――………」



目の前の少女は泣いていた。
顔を歪め、必死に涙を堪えようとしているけれど、


「私のこと、忘れちゃうなんて、酷いよ……
 せつらさあぁぁぁん―――!!!」


うわんうわんと、また、泣き始めた。


だから俺はまた、胸を貸すしか、無く………。




(俺、やっぱり、この子の匂い……好きだ……)










「それで、もうこれ訊くの三度目なんだけどさ………、
 なんでみことは引っ越したんだよ?」

「私……、あの事件のあと、無理矢理、実家に連れ戻されちゃったんだ」
「実家?」

「私のお父さんのおうち。
 つまり私のお祖父ちゃん。
 そこが御巫みかなぎっていう昔からある巫女みこの家系なんだよね」
「みこ?」

「お祖父ちゃんがね、せつらさんの傍にいるなら、
 鬼の1匹や2匹、調伏できるようにならないと駄目じゃぁ――――――って!!」
「え?」

「だ〜か〜ら〜〜〜あぁ!!!
 私ね、今までずっと巫女の修行してたの!!!」
「え?」

「せつらさんの不思議な力は鬼によるものなんだって」
「え?」




















「私、せつらさんと生きるために、強くなったんだよ?」



















































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