これから先、どのように生きていこう。
それは学校をやめ、仕事も職もない私たちが、当然考えなければならないこと。
道は拓けず、未来はまだ真っ暗で、不安はあまりに多かったけれど―――、でもその真っ暗な道もこれからはずっと二人で手を繋いで歩いてけることを思えば、それは同時に喜びでもあった。
とはいえ、私たちは先の生活のことを考えるよりもまず、今この身に降りかかっている火の粉を払わなければならなかった。
鬼喰らいの一族―――……座主坊呂久斗と小童谷恭兵。
言ってみれば彼らは、私たちの道に大きく横たわった巨大な岩石だった。
これをどかさずに私たちは決して前へ進むことはできない。
「みこと、あいつらの力を封印すればそれで終わるんだよね?」
「うん……。ほんとは彼奴らが吸収した<鬼>だけを封印すれば終わると思ってたけど、
あの感じじゃ、それだけじゃ絶対に引き下がらないね……」
「うん。<巫女樽>がどうのって言ってたし―――………。
でもまさか殺すわけにはいかないし……」
「ほんと…酷い―――……ね。
生き血を吸ったり、処女の血を浴びたり、他人の血を吸って力を得ようって発想は昔からあったけど、現代で実行している人がいるなんて―――……、、、しかも自分と同じ巫女を……。
鬼を封じるだけで駄目なら、霊門を塞ぐしかない。
霊門を塞いじゃえば、大した方術も使えなくなるし、鬼の力を降ろす依代としての能力も格段に下がるから――――――……」
「うん……?」
どこか暗い表情のみことに、私は首を傾げる。
「でもこれは、本当は同じ人間相手に使いたい術じゃないの。
言ってみれば声が出せなくなるように喉を潰したり、
見えなくなるように目を潰すのと同じことだから―――――……」
霊門と言われてもピンとこないけれど、みことの言いたいことはなんとなく分かった。
しかし殺す以外に彼らを黙らせる方法―――が、それ以外に思い浮かばない。
鬼を奪うのに命をかけるとまで言い切った彼らを説得するのはまず不可能だろう。
檻の中に入って貰えば安全だが、彼らは先日、家宅侵入、器物損壊、集団暴行の罪で逮捕されたにもかかわらず、まるで何事もなかったかのように私たちの前に現れた。
法が縛ってくれれば全く問題ないのだが、彼らに対してそれは望めそうもない……。
「みこと。
霊門を塞いでも人間として生活する分には支障はないんでしょ……?」
「うん。無いと思うけど。
でも一度見えてしまったものは――――――……
それは視力はもともと無かったものと思えばいいって、
最初から歩けなかったと思えばいいって言ってるのと同じ――――――…
ううん、そう―――、そうだよね、封じるしかない。
だってそうしないときっとまた彼らは誰かを傷つけるだろうから。
私たちがやるしかない」
「うん」
戦うしかない。
彼らとは。
「封印っていうのはすぐにできるの?」
「一度は彼らの体に直接触れないと……、霊門は人によって位置が違うから……。
あとは抵抗されない限り―――
ごめん、正直にいえば、まだ一度もやったこと無いから、できるってちゃんと約束できない」
「ううん。みことが気に病むことなんて無いから。
どっちかっていうと、みことがあいつらに触らなきゃいけない方が嫌かな。
あんな汚らしい連中に……」
「あは…」
「ね、あとさ。
あいつら、いつも私に<真名>を訊くんだけど、どうしてかな?」
「あ―――――――――――!!」
「え?」
「あ、ううん………、なんでもないけど……」
「なんでもないって声じゃなかったよ……」
「あ、ごめん……。
ううん、そっか、あいつら真名が知りたいんだ……。
鬼を使役する方法は二つ。
圧倒的な力で完全にねじ伏せて強制的に従わせるか、
方術を媒介に魂を捕らえて力だけ引き出すか―――――……。
どっちにしろ魂を捕らえるのは一緒なんだけど―――でも………、、、」
「………?」
「せつらさん。
せつらさんの名前は?」
みことが私の目を真っ直ぐに見つめて訊いた。
「羅城――…せつら―――……」
「うん。せつらさんはせつらさん。
でもせつらさんの鬼の魂は別の場所にあって―――――…
あいつらが知りたがってるのは、せつらさんの鬼の魂を持っている人、もしくは物の、名前。
真名を知っているかどうかで引き出せる力が格段に違う、から」
「私の鬼の魂を持っている人―――?」
「うん、せつらさんの鬼は、せつらさんじゃなくて、別の場所からきているから」
「どうして私が? 鬼に憑かれてる……?」
「それは、分かんないけど………」
「嘘――――――。
みことには分かってるんでしょ?」
「…………」
「みこと。お願い、教えて」
「…………」
「みこと」
「……………、、、、でも、確か、じゃ無いよ。
これはほんとにただの、私の推測―――……だし……」
「それでもいい」
「じゃあ、言うけど………、、、
せつらさんの中にいる鬼は多分……
――――――――――――………羅刹…」
「――――――――――――、私の……お兄ちゃん?」
「うん、多分……」
「兄が、まだ生きていて、私を守っているっていうの?」
「分かんないよ。
せつらさんはその鬼の力を完璧に使役しているのに、
意志そのものを手にしているのに、なんか違う、みたいだし、
私には、どうしてそんなことが起きているのか……」
「本当に私の鬼は兄なの――――――!?
どうして兄が―――!?」
「だから、分かんないって――――――!!」
「あ、ごめん………。。。。」
彼女に無理矢理憶測を言わせたのに、興奮してしまった。
反省……、、、。
「みこと、それから、もう一つ教えて………」
「うん?」
「みことは―――、私の中にいる鬼を封印するために戻ってきたの?」
みことは一度俯き、何も言わず、それから大きく首を横に振った。
「ちが…ぅ………」
でもその態度は、そうだと告げていた。
勿論、私を愛していることも、私と生きるために戻ってきてくれたことも微塵に疑ってはいない。
が――――――
「違う……、本当に、ちがうの………」
「え……?」
「私、言ったよね。鬼は悪だって。
鬼は邪悪な存在。
良い鬼だとか、悪い鬼だとか、そんなものは存在しなくて―――――。
鬼は全部悪いものなの。
だから全部、滅しないといけないの」
「私の鬼も――――………、私の兄も、だよね?」
「違う……、違うの。
確かにせつらさんの鬼の力はとても邪悪だよ。
邪悪な力を感じるよ。
でも――――――――……」
「でも?」
「今はまだ、分からない………」
「分からない?」
「うん、分からないの。
でも、一つだけ確かなこともある」
「?」
「これだけは信じて。
私は貴方と生きたいから、貴方のところへきたんだよ―――――――――」
私たちは毎日、やつらの襲撃に備えていたけれど、彼らが姿を現したのは、それから1週間も経ったころだった。
第86話:指針
終わり