見慣れぬ天井――――――――――――……
なんだかとてもほこり臭い―――――……
それから戻ってくる肌の感覚。
感じる温もり。
すぐ傍の大好きな匂い――――――……
愛しい、寝顔。
ホテル、か―――――――――……
私はみことを起こさないようそっとベッドを抜け出した。
それから洗面所へと行き、冷たい水を浴びるように顔を洗った。
寝る前の記憶が、何となくおぼろげに蘇ってくる―――――………
みことは兄にレイプされたと言った。
私はなぜか、フラッシュバックに似た記憶の欠片を持っていた。
兄は喧嘩ではただの一度も負けたことが無く、羅刹という鬼の異名で恐れられていた。
今、私は<鬼>の力を持っている。
誰にも負けなかったはずの兄は忽然と姿を消した………。
これが意味するところは………。
なぜかは分からない。
でも恐らく、
一体なぜ、一体どうやればそんなことが可能なのか、
説明のつかない、分からないことばかりだけど、
現実に、非現実的な<鬼>の力は私に宿っているのだから、
そんなことも無茶苦茶なこともきっと可能で―――――…
恐らく、いや、間違いなく、
兄は私の中にいる……。
一体どうして?
何のために?
私の中に?
私?
私の中に―――、逃げ込んだ―――……?
兄は本当に悪い人だったから、もしかしたら誰に殺されそうになって、私の中に隠れたのかもしれない。突拍子も無い考えだということは分かっているけれど、他に思い当たる理由もない。
もしかして、死んだ後、私を護っていたなんてことは――――――……
それは無い――――か……。
兄は本当に悪い人だったと聞いているし、記憶喪失になる前の私は、兄なんていないと、みことに嘘まで吐いていた。
なら私自身も兄を嫌っていたに違いない。
なら
そんな悪い奴なら――――――いっそ奴らにくれてやれば。
あの小童谷や座主坊は、私の中に眠っている鬼の力が欲しいのだ。
その正体は多分、いや、間違いなく、私の兄―――羅城道孝。
だとしたらいっそそれを奴らに引き取って貰えば、私とみことは静かに暮らせるのではないのか…?
名案のように思えた。
しかし気乗りはしない。
たとえ悪人でも、記憶にさえ無い兄だとしても、兄は兄なのだ。
血を分けた兄妹なのだ……。
それにあいつらがこの力を手にした後、どんな悪事を働くかを考えると、それを実行するのはかなり辛い。
大した信念も正義感も持ち合わせてはいないけれど、それでもみすみす奴らの犠牲者を増やすわけにはいかなかった。
私は結局、何一つ考えのまとまらないまま、もう一度みことの胸の中で眠りについた―――――――――
第88話:片鱗
終わり