御巫の本家は、本当に山の奥の奥の奥にあった。





早朝より麓から登ること半日――――――……
踏み分けられる道はすぐに途絶え、私たちはそこでバイクを降りなくてはならなかった。

どこまでも分厚く、鬱蒼と生い茂った葉、天高く聳え空をも隠す密林は、まるで現世から遠く離れ――――――このままかくり世へ続いていると言われても納得してしまいそうだ。
この先に人の住居があるとはとても思えなかったし、更に一刻も進めば果たしてここが日本なのかさえ怪しくなってきた。

未だ生理痛から抜けきれていない私は、少しばかりの休憩を求める。
昨日の凄まじい嘔吐も相当の負担を体に強いていた。

苔生した岩は座れば衣服が湿ってしまいそうだったが、他に腰をおろせるような場所もなく、仕方なく私は座り込んで体を休ませる。

みことの息もそれなりに上がっていた。
12月の山は寒く、吐く息が白く煙る。


「道って……、本当にあってるの?」
「うん」


私はずっと気になっていたことを訊ねた。
なにしろ標識も看板も、目印らしき物は何一つない道を歩き続けているのだ。
微塵にも迷いのない返事を返されても、私の不安は拭いきれなかった。


「あのさ、結構由緒ある家柄なら、土地とか、権力とか、持ってたりしないの?
 こんな人里離れた場所に本家があるって、そういうもの―――?
 あ、別に馬鹿にしてるわけじゃないよ!?
 ほんとに、ちょっと不思議に思っただけで、、、、」

「あー、うん、普通の寺社なんかだとそうだね。
 有名どころなんかだと、氏神にしろ、神格化された人にしろ、祀られて、
 とにかく人の信仰心を集められれば、その地に根付いていくからね。
 でもうちはちょっと違うから・・・・・・・・・・・

「違う―――って?」

「んー…、あんま普通の神社じゃないっていうか――――…」


みことは言葉を濁したけれど、体を休めている間はすることもなく、他に話題も無いので私は追求を続けた。それに彼女の家のことだし、これから行く場所だし、できるだけ知っておきたい。


「普通じゃないってどういうこと?」

「あー、いやー、普通は普通かな。
 ただ人の畏れとかを集めたりはしないってだけで。
 例えばほら、お寺とか祠とか、必ずしも神を祀ってるとは限らないじゃん?
 犬だったり、石だったり、あるいは剣だったり、もしくは布きれだったり、とかね。
 あるいは鬼とかも多いよね」

「鬼?」

「ほら、恐れ入谷の鬼子母神きしもじんとか有名じゃん。
 不思議や鬼子母神十羅刹女かたちを現はし給へ―――」


鬼やら羅刹やら、不穏な単語の出現に不安が頭を擡げる。


「えっと、つまり、だから、御巫が祀っているのは……なんなの?」


「んー……、だから……」



「―――?」





「鬼、なの」





「え………?」



「え、でもみこと、鬼には悪いのしかいないって―――――……」

「うん。
 とりあえず〜、この世に現存して、人に関わる鬼は、そう。」

「よく分かんないなぁ…、、」
「私も〜(笑)」

「え?(笑)」

「私もよく分かんないよ(笑)
 ごめんね、説明する方もよく分かって無くて。
 お祖父ちゃんならなんでも答えてくれると思うから、それまで我慢して;;」

「あ、うん、いいよ…、そこまで詳しく知りたい分けじゃないし―――、、、w」

「大丈夫?」
「え?」

「体、辛い?」
「うん、まだちょっとお腹痛い……」


みことが立ち上がり、私の前に立つ。

腰をかがめて、片手を私のお腹にあて、それから私の唇に―――――――……


「んっ………んっ…………」


こんなところで恥ずかしい、と一瞬思ったものの、こんな山奥に通りがかる人影などあるわけもない。
だから私は安心して彼女の優しい口づけを受け入れる。

何度も、まるで水鳥たちが優雅に遊ぶように、ゆっくりと舌を絡め合わせる。


「んっ―――、んっ………」


みことの唾液を私が飲み、それから私の唾液を彼女が吸い出す。
なんども互いの唾液の交換する。


「はぁっ――――…はぁっ――――…」


しばらくして、彼女がそっと私から離れた。


「お腹どう?」
「あ―――――」


そう言われてみればいつの間にか痛みが引いている。
疲れがとれどこか力が湧いてくる気さえした。



「今のキス、房中術、だったんだ…」
「うん。でも不思議だよ。
 女同士でこんなに簡単に氣が巡るなんて―――――」



私が言いたいのはそんなことじゃなかった。

私は今のキスをみことの愛情表現だと思ってしていたのに――――、ってことだ。
なんか私一人だけ好きって想ってしてたみたいで、ちょっと悲しい。

と、私の拗ねた表情を敏感に察したみことが慌てて弁解を始めた。


「ああっ違う!違う!
 房中術ていうのは、お互いを想ってないと上手くできないの。
 だから、その、氣の活性化だけが目的じゃなくて――――。
 ほら、愛がない交わりだと相手の精を一方的に吸い取っちゃったり、とかね。
 だから―――――……、
 せつらさんの体が良くなるのは、私のしていることよりも、
 せつらさんが私を想ってくれる気持ちの方が本当は重要だったり……」


真っ赤になって説明をうけた私もまた、その内容に真っ赤に――――――……



あれ?―――って、じゃあ修行の時ってやっぱり――――!!!



「みこと!
 じゃあ修行の時も相手のこと考えてたじゃん!!」

「え―――? だから私はずっとせつらさんのこと考えて―――――」

「ああああああああ!!!―――――――@”#%”&”:*+%&””」


そうだった。
そう言ってたんだった。


「せつらさん、可愛い////」
「うー。」

「せつらさん、御巫の家についたら、
 またいっぱい顔におしっこかけてあげるから、頑張ろ」
「はうぅぅ――――――――――!」





もう、これ以上顔を赤くするのは無理だってば――――――っ!!!!!






























それから更に半日程歩き続け、迎えにきてくれた識神の案内で、ようやく私たちは御巫の家へ辿り着いたのだった。





時は12月1日―――――――





標高2900メートル、山頂近くにあるという御巫の家は濃い霧に包まれ、辺り一面雪が積もっていた。



















































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