山の麓には俺のバイクが止めたままになっていた。
積もっていた雪を払い、俺はバイクに跨がった。
向かう先は――――――東――――――――――輪光の羅城家。
本当なら西へ行きべきだろう。
俺もそうしたかった。
輪光から離れ、逆の方角へ、ずっとずっと遠くへ――――――……
だってみことは―――、俺を捜しに必ず輪光に戻るだろうから―――――――…
それでも俺は一度だけ家へ戻らなければならない理由があった。
ラクサラの手によって封印された、俺の本当の魂を取り戻す為に―――――――――――――――……
本当は放置しても良かったのかもしれない。
このままいつまでも、せつらとして生きる道も俺には残されていた。
何も知らないと決め込んで、彼女の傍に居続けることも、不可能ではなかったのかもしれない。
でも、そんな道を俺を選ぶことはできなかった。
これはケジメなのだ。
俺が羅城道孝として生きて、この世に残した消えない傷の、責任を負うための。
それになにより彼女たち御巫が、理不尽に背負わされた宿命を見て見ぬ振りをし続けることなど、俺には到底できはしなかった。
俺は夜通し走り続けた。
朝日が昇る頃――――――、俺はサイドミラーの陰に目を瞠った。
映ったのは黒いバン。
そう、それは無数に通り過ぎる一般車両――――――……ただそれだけ。
でも―――――!!!
黒いバンがスピードを上げ、もの凄い勢いで後ろから近づいてくる。
片道一車線の山道だというにも関わらず横につけられた。
サイドドアが開き、中から現れたのは――――――――――――――――――――
(やっぱりそうかよ―――――――――――――!!!!)
おそらくは、近くの街で延々待ち構えていたに違いない。
もしかするとこのバイクに発信器でも仕掛けられていたのかも知れないが、あれだけ鬼の力を解放していたらこいつらに感知されてもなんら不思議はなかった。
輪光にいる佐武朗さん達が一向に鬼喰らいの消息を掴むことができなかったのは当然だった。
こいつらはずっと御巫の領内で待ち構えていたのだ。
「まじかよ―――――――――!?」
曲がりくねった山道を時速80kmは出しているというのに、座主坊が俺に飛びかかってきたのだ。
俺はバイクを捨てアスファルトへと体を投げる。
勿論、鬼の<四肢>で、着地に問題はない。
それは座主坊も同じだった。
操縦士を失ったバイクが路面を転がり、ガードレールを越えて谷底へと落ちていく。
黒いバンが止まり、中から他の3人も姿を現した。
小童谷恭兵。
比良垣かなみ。
目立夏。
鬼喰らいの一族。
「あれぇ、今日はせつらちゃん独りなん?
みことちゃんは一緒じゃないん――――――?」
「さあな―――」
「まあええよ?おらへんならそれはそれで好都合やし。
ほんま待ちくたびれたわ。
これでもな―――一応せつらちゃんには悪いなぁ思ってるんやで。
せやけど、そんだけ強い鬼の力は滅多におめにかからへん。
どうしても欲しいんや。
どうしても、や。観念してや」
「はっ―――……、、熱烈なラブコールに涙が出るぜ。
だが、世間ではそれをストーカーって言うんだぜ?」
「そう。ストーカーや。
俺らはなんといわれようと、その力が欲しいんや。
その力があれば、この国を支配することやって可能なんやからなぁ――――――!!」
「支配とか、そんなくだらねぇもん望むんじゃねーよ。
みんなで仲良く生きようぜ?」
「なんや、せつらちゃん、この前とえろう感じが変わったなぁ?」
「おおお”いい”、恭兵。いつまでくっちゃべってるつもりだあ”?」
「ああ、すまんすまん―――。
じゃ早速始めさせてもらうとしよか。
俺たち一世一代の大仕事、鬼の魂、摘出手術をな――――――――――!!」
「誰が――――――!!!」
俺は大きく跳躍して、山道横の山壁へを駆け登った。
そのまま鬼の力で登っていく。
途中力の消失を感じたが、何とか堪えた。
精神抵抗――――――――――!!
それはこの半月の間、御巫の家で身につけた俺の唯一の技。
みことに教わり、ただ、それだけに特化させた対結界方術―――――――――!!!
それは御巫の家に張られた結界内で、それでも鬼を召喚する為に己の裡に啓けた径。
それは咒いの一つで、己の中に小さな結界を張るようなもの。
それはほんの少し、小さな綻び程度で構わなくて、あとは俺の呼びかけに絶対的に応える鬼の力が押し開く。
今考えてみれば、それはあまりに当然のことだった。
鬼の魂が俺に応えることは。
なぜなら鬼の魂の在処、あのラクサラから貰った“白珠”―――――――――
あれは俺の魂そのもので、ずっとずっと俺のもとへ帰ってこようとしていたのだから。
座主坊が、女二人を抱えあげ、跳躍した。
女二人がそれぞれ一体の識神を召喚。
それは、俺1人対鬼喰らいの巫女4人の、長い長い追いかけっこの始まりだった。