気付くと時刻は深夜0時を回ろうとしていた。



「そういえば……、私の初めてって……、、
 せつらさんだったんだよね……?」


「そう……なる、ね………」


「ふふっ―――、、今初めて、あの時のことが良かったって思えたよ」


「ごめん…、、、」


「もういいよ。
 せつらさんは、せつらさんだよね…?」



「うん、私は――――――、せつらだよ」



「うんっ♪
 あ、そういえば、今日はホワイトクリスマスなんだよ〜」




みことがベッドの上でぽつりと言った。




「雪、降ってるの……?」
「うん………」




そっとカーテンを開くと小さな白い粒が、ちらりちらりと舞っていた。





クリスマス………
つくづく縁のある日だ、と思う。



2年前はこの日、俺はリビングで初めて飛鳥と繋がって……………
1年前のこの日、俺はホテルで親父と…………
そして今日、俺はみことと…………










「そうだ、私からせつらさんにクリスマスプレゼントあげる!」
「え?」

「おしっこー、飲ませてあげるー!」
「ええええええ―――!?
 も、もういいよ、そのネタはぁぁぁ………」

「だーめ!
 早く早く!
 漏れちゃう!」
「え、ちょっ――――――!?」



俺は促されるまま彼女の前に座り込んだ。
そして俺の顔に馬乗りになるように彼女が股を乗せてくる。



「ちゃんと飲んでね。
 こぼしたら床、汚れちゃうから――――――――――」





え?え?え?





ちょおおお、みことぉぉぉ―――――――!!!





じょじょおおおおおおおお――――――――――――――――――





ごくごくっごくごくっごくごくっごくごくっうぷっ――――――うぶっっ、うっ―――――――――





うぶぶっ――――――――――――





っていうかそんなに飲めるわけねーだろ――――――!!!





「あははっはははっはははっはははっあはははっ―――――――――――――」





頭から彼女の尿を浴び、異臭を放つ俺の姿にみことがおかしそうに笑い続ける。





俺は若干の呆れを感じながら、それでも嬉しく思った。




















その笑顔が、最高のクリスマスプレゼントだよ―――――――――――――、





と心の中で呟きながら。


















































シャワーを浴び、みことが作ってくれていた料理を温め直し、二人で食べた。
いつまで経っても、彼女と二人で過ごすことに、新鮮な幸せを覚えずにはいられないのはどうしてなのだろう。

それは素敵な未来図。

このままずっと、二人で寄り添いあって、歳を重ねていけたらどんなに幸せだろう―――……、





でも彼女はいつか気付いてしまうだろう。
御巫の背負った宿命に。





できることなら、それまでは、何も知らない、気付かない振りをして――――――……


幸せを謳歌するのもいいかもしれない。


でもそれはできない………、、、
到底赦されることではない。


彼女は俺の全てを受け入れてくれたのだ。


その俺が、彼女を犠牲にして生きる存在であることを知りながら、見て見ぬ振りをすることなど、できるはずがない。


例え彼女がそう望んだとしても―――….....


















































「せつらさん、、もしかしてこれが―――………?」



しまった――――――!!!



本当のことを話す、と言って引き出しから取り出した小箱を机の上に置きっぱなしだった。



「あ、うん―――、そう……」



みことはその珠に触れた瞬間、まるで火傷をしたかのように手を引き、珠を取り落とした。
そして慌てて拾い上げる。



「あ、ごめん……。
 でもなにこれ……外からだと何も感じないのに、見た感じただのガラス玉みたいなのに……、
 触れると、凄い―――――、信じられない程の霊力を感じる………。
 御巫の家にもこんなのは、無かったよ……」


「それ、あのラクサラって人に貰ったの…。
 これを飲めば、私はもとの体に戻れるって――――――――――」


「え!?」





みことが驚いて顔を上げた。

1日だけ、ということは言わなかった。
そのまま死んでしまうことも。



少し訊いて見たい気もするが、彼女は多分喜ばないだろう。
俺が男の体に戻るのは。



それに俺も今更男の体に戻りたいとは思えなかった。
俺は―――……、





私は、もう、羅城せつらとして、彼女の傍にいたかった。





「って最初は単純に考えていた。けど、今は違う。
 この白珠は多分、私の魂を羅城道孝へと融合させる。
 けどあの女は言った。
 これは、私に向かう全ての呪詛を抑えている、と。
 私が私に戻った瞬間、羅城道孝へと向かうはずだった呪詛は一気に襲いかかってくる、と。



 一つ、私に考えがあるんだけど―――……、聞いてくれる?」





「うん?」





「鬼喰い―――――――――……彼奴らは私の魂を欲しがってる。
 そしてこれが私の本当の魂。
 鬼の力を持つ魂。
 だから、もし、私の考えが正しければ、こっちの魂だけ彼奴らに食べさせれば、
 羅城道孝への呪詛も彼奴に押しつけることができる―――、、、と思う。
 鬼の力も彼奴らへと移るけど、結局そのまま地獄へ堕とされる」



そうすれば、みことがこの咎を背負う宿命も無くなる。



「………――――――――――――うん。
 普通の人なら飲んだところで、そんなことにはならないだろうけど、あいつらなら……。
 彼らは人の魂を喰らう禁術を使うから―――……、
 たぶん、せつらさんの考えてる通りになると思う」



「でもあんまり、綺麗な方法とは言えない――――――…。
 でも私とみことが生きていくためにはこうするしかない……。
 認めてくれ―――る……?」



「うん―――――。
 私たちが一緒にいるため、だもんね。
 仕方ない、よね………」



「けど、こっちだけを喰わせて―――、
 それで私の魂が残るかまでは、、、分からない―――――――」



「それはきっと大丈夫。
 せつらさんはもうせつらさんとして安定してるみたいだから」



「そう、なら、この方法で。」


















































でもそれじゃあダメなんだよな・・・・・・・・・・・・・・





分かってるよ。





飛鳥――――――、俺はお前に約束したもんな、頑張るって………。





羅城道孝としてではなく、





羅城せつらとして生きると決めたのだから、





だから、頑張るよ。





最後の最後で、逃げるわけにはいかないもんな。




















みこと





おまえは泣くだろうけど、





その代わり俺はその1000倍泣くから………許してくれよ………






























飛鳥





もうすぐお前のところへ逝けそうだよ





お前は多分地獄にいるんだろう……





そして俺が行く場所も………





できればせつらの姿でもう一度逢いたいけれど―――――――――










それは無理な願い、か―――……

































さあ、決着をつけよう。


今日、彼女と、心から交われただけで、


俺にはもう何一つ、


何一つ、思い残すことなど無いのだから。





















私は――――――……










みことを傷つける<>と<鬼喰らい・・・・>をこの世から完全に抹殺する・・・・・・・・・・・・――――――――――――


















































「みこと、感じる―――?」

「うん、<鬼喰らい>が近づいてきてる―――――――」

「じゃあ、彼奴らにもとびきりのクリスマスプレゼント―――、あげないとだよね」




















さあ―――――――――、やってきやがれ!!!





最後に一度だけ羅刹に戻って、とびきりきついプレゼントをくれてやるぜ――――――!!!





鬼喰らい―――――――!!!






























そう決断した俺の目の前で、みことの口が開いた。






























え――――――?









































俺は目の前で、一体何が起きたのか、すぐには理解できなかった。










彼女は手にしていた。





ラクサラの白珠を。





俺の魂を。





羅刹の呪いを。





みことは――――――



















彼女は、それを飲み込んでしまったのだ―――――――――










「みこと!あんた何をやって―――――――――――――!?」


「ごめんね。
 馬鹿なことしてるって分かってる。

 せつらさんを怒らせちゃうだけってことも。

 でもそれじゃあ駄目なんだよ・・・・・・・・・・・・・

 これはずっと昔、遙か昔からの、悲しみの連鎖。
 確かにあいつに呪いごと押しつけちゃえば、解決するかもしれない。
 私たちは幸せになれるかもしれない。
 でもそれじゃあ駄目なんだよ。

 せつらさんが生まれるずっとずっと前。
 悲しみの所為で鬼になった。
 でも悲しいからって人を傷つけていいわけじゃない。
 せつらさんは沢山沢山傷つけた。
 その償いはしなきゃだめ。
 この悲しみはここで終わらせなきゃ駄目なんだよ――――――」


「何を言ってるの!?
 話を聞いてなかったの!?
 それは私に向かう呪詛が全て入ってるんだよ!!!!!!!!!!」





みことはゆっくりと頷いた。





「分かってるよ。
 だから、私が全部受ける。

 せつらさんの代わりに――――――――――――――」






























馬鹿な。
































体中の細胞が悲鳴をあげ、絶叫した。
全ての体毛が逆立ち、目の前で起きた現実を拒絶した。





俺には分かってしまった。





白珠は――― 確かに、みことの中へと入っ――――――










涙が溢れ出し、前が見なくなった。





それでも俺は、縋る思いで、






「やめて!
 やめてくれ!!!!!!!!!!!!
 やめてくれ
 みこと
 なんで……
 俺は、俺は、、、、
 結局、同じじゃないか、
 俺はおまえを犠牲にして救われたいなんてこれっぽっちも思ってやしない!!!」





御巫の巫女の力が、俺の魂を取り込もうとしていた。



運命の力に従って、



彼女は俺の咎を業を全てその身に背負って、地獄へと堕ちる――――――。



彼女には何の罪もないのに、、、、、



彼女は何も悪くないのに。





「これで貴方は人として、生きられる」


「ちくしょうッッッッ―――――!!
 ふざけるなっ―――――――――!!!!
 そんなこと誰が頼んだ!?
 ええっ!?
 一体誰がそんなこと誰が頼んだんだよ!!!!!!!!!!!!!!!
 答えろ!答えろよみこと!!
 ざっけんなっ―――!!!!!!!!!
 俺を置いていくな!
 みこと!!!!!!!!!!!!!!!」


「分かってるよ。
 でも貴方が人として生きられるなら――――――、私はそれで幸せだから……」


「知ったこっちゃねーんだよ!!!!
 おまえと離れるくらいなら、俺もいく!
 おまえと地獄に堕ちた方がマシなんだよ!!

いくなッッッ、
みこと―――――――――
ッッッッッ!!!!!!」











「泣かないで、せつらさん―――………、
 勝手なことしてごめんね、、、
 でもわたし、本当に幸せだったよ――――――……





 貴女に逢えて、良かった」































「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――
――――――!!!!」































ただ彼女といたい。
それだけだったのに。


何がいけなかったの?


彼女が美しすぎたのが?
彼女に特別な力があったのが?





俺が弱すぎたのが?
俺が鬼になったのが?










駄目だ。駄目なんだ。





これじゃあ悲しみは終わらない。





みこと、おまえが俺の前からいなくなったら駄目なんだ。





お前がいなくなったら、俺はまた堕ちてしまう





俺は何度でも、










何度でも鬼になる―――――































うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ――――――!!!!!!





















俺はみことの身体に飛びつき、強く抱きしめた。




















これをお前に背負わせる分けにはいかない。





これは俺が受けるべき報い―――――――――






























このままだとあんたは確実に地獄行き
永遠の責め苦が待っている―――――。








































知ったこっちゃねーんだよ―――――――!!!!!





俺には前世だとか関係ねぇ――――――!!!





みこと―――!!!





これは、





これだけはお前が背負う定めじゃねええええええええええッッッ―――!!!!!











来い、来い、来い、来い、来い、来い、
来い、来い、来い、来い、来い、来い、
来い、来い、来い、来い、来い、来い、
来い、来い、来い、来い、来い、来い、
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来い、来い、来い、来い、来い、来い、
来い、来い、来い、来い、来い、来い、
来い、来い、来い、来い、来い、来い、





羅城道孝は俺だ―――――――――!!!!!

羅城道孝は俺だ―――――――――!!!!!

羅城道孝は俺だ―――――――――!!!!!





戻ってこい!!




















俺が、





















俺が、羅刹だ――――――!!!































彼女の胸が輝き、そこから少しずつ、少しずつ、白珠が姿を現した。



それは不思議な光景だった。



同時に至上の喜びの光景だった。





俺の必死の呼びかけに、俺の魂が応えてくれた。





俺は―――、、





俺の咎を、みことに背負わせなくて済んだのだ―――――――――










そして白珠が、みことの胸から、俺の胸へと――――――


















































「なに―――――――!?」































俺が、俺自身へ戻ろうとした瞬間―――――――――――――





突然窓ガラスが割れ、部屋の中を、大きな鷲が舞った。





存在の境界を曖昧にしたその鷲は、羽ばたくこともなく、一瞬のうちに外へと飛び出した。





急いで外を見ると、目の前の道路に、小童谷たちが立っていて、
その腕には大きな鷲の識神が止まっていた。










その口には白珠―――――――――










「これや!!!
 これなんや―――――――――――――!!!」

「恭兵様、こんな強烈な霊圧これまでに感じたことがありません……。
 これはまさに―――――――――!!!」

「感じるううう。感じるぞおおおお!!
 鬼の力ららあああああああああ―――――――――――――!!
 これに宿る鬼の、力ぁあぁぁぁぁああぁあぁああぁああ”あ”あ”!!!!」





「やめろ、それに触れるな!!!」





俺は大声で叫んだが遅かった。





「ははは。これや、これなんや―――!!
 俺は最初からこいつや思うとったんや!!!
 でもどうしてもその根源が分からなかったんや!!
 せやけど、今!!
 こうして、手に入れたぞ!!
 羅城道孝・・・・を―――――――――!!!!
 鬼の魂を!!!!!



 いったれや、呂久斗おおおお―――――――――!!!」



「お”お”お”お”お”お”お”―――――――――!!!」




座主坊がそれを口の中へ放り淹れた。




そして叫ぶ。
真名を。





「俺が羅刹、俺が羅城道孝だ―――――――――――――!!!
 この力は俺のものた”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”―――――――――――――!!!」





その途端、俺の中で、ぶっつりと、何かが途切れたのを感じた。



彼が、俺の本当の名を口にして、融合を始めてしまったのだ。



それは人の魂を喰らう、鬼喰らいの、力――――――。










「なんてことを――――――!!!」



俺のすぐ隣で、みことが叫んだ。



「みこと!
 なんとかできるか!?」

「わ、わかんないっ――――――、でも急がないとっ!!」



俺とみことは慌てて外へと飛び出した。










「すげぇえええ”え”え”え”ええっっ!!!!!
 これが―――、本物の、、、鬼の力ああ”ああえ”ああ―――――――――!!!
 ウ”ッハ"あ”ア”アアア”ア”ア”ア―――!!!
 後から後から溢れて来やがらあああああア”るるあア”あああア”ア”ア”あ。
 何もかもを、破壊すススススる、力がァァアァァあああああああ―――!!!!」





突然、座主坊の肉体が膨れ上がった。

それは見るもおぞましい奇怪な膨張。



人間の輪郭が崩れ、本物の鬼へと変貌する、瞬間。





「あかん!!!
 呂久斗ひとりでは無理や――――――――――――!!!
 かなみ、立夏、俺らも吸収するんや!!」

「はい―――――――――!」
「はい―――――――――!」










「いけないっ、私も力を貸さないとっ―――――――――!!!」











その時、俺は全身を凍り付かせた。
駆け寄ろうとしたみことも足を止めた。





突然感じた、
目の前で起きている出来事が可愛らしく思えるほどの―――――――――強烈な悪寒。




生きた心地がしない――――、とはこのことだ。


まるで絶望という概念が、形を伴って顕現したような、おぞましい感触。





現実という世界から切り離され、五感全てに、絶望と孤独を直接押しつけられた気がした。










精神が灰と化すかと思ったその時、みことがぎゅっと俺の手を握りしめた。





俺は藁をも掴む思いで、ただ必死にみことの手にしがみついた。






























それはこの世に現れた、地獄だった。





闇冥が、世界を覆っていた。





まるで地面から染み出るように浮き出たのは、奇怪な頭身に細い腕と足を備えた、おぞましい生物―――、、、のようなもの―――――――――――――……





それは次から次へと湧き、わらわらと座主坊や小童谷へ群がり包み込む。







ギャ―――――――――――――――――――――――――――


キュゥゥ―――――――――――――――――――――――――――――





キュキュ―――――――――







鳴き声とも、笑い声ともとれぬ、奇妙な音を発しながら、真っ黒な生物が彼らの身体に覆い被さっていく。





ぐちゃ―――――――――――――――――





座主坊が暴れ、黒い生物が潰れた。
まるでタールのような体液を撒き散らし、黒い生物が地面に溶けて消える。










「地獄の、、、、悪鬼たち…………」





みことが横でぽつりと呟いた。
















ぐちゃ―――――――――――――――――





ぐちゃ―――――――――――――――――





ぐちゃ―――――――――――――――――





ぐちゃ―――――――――――――――――





ぐちゃ―――――――――――――――――





顔を背けたくなるおぞましい光景。





それは生けるものは絶対に目にしてはいけない、、、





視界から脳髄が浸食され、腐敗し、破壊されていくような、兇感、、、





俺はその光景の中で、呼吸することさえ、できなかった。





もしみことが手を握っていてくれなかったら、間違いなく発狂していただろう。










真っ黒な気味の悪い生物が、座主坊たちに食らいつき、そしてそのまま闇へと引き摺り込んでいく。










暗黒の奈落へ、深淵の冥府へと連れ去っていく。


















































そして―――――――――――――――


















































雪が、舞っていた。





白い、白い、小さな、小さな、氷の花びら。





それはひらひらと舞って、アスファルトへと落ち、消えていく。





またひとひら、





またひとひら。





静かに、静かに、





音もなく、





地獄が、その口を開けた場所に、





舞い降り、





消えていく。





ただ





降り続く。





まるでそこには最初から、何も存在しなかったかのように―――――――――……






























「いっちゃった……」










「これって、不可抗力―――……、だよ……、ね?」





「う、うん………」






























い、いいのかな、こんなんで……





うん。別にいいと思う。





そう、、、だってあいつらが勝手に持って行ったのだ。
俺たちにはもうどうしようもなかったのだ。










もともとさ…、
私たちの悲しみって、強い人の我が儘に押しつけられたものでしょう?





力。

腕力、権力、金、名声、あらゆる力が、

押し寄せ、踏みにじり、奪い去り、

理不尽に、

私たちはそれに必死に抗うことしかできなくて





だからいいんじゃない?
あいつらが勝手に奪っていったんだから。




















「あはは……」





「あはっ……、あははははは―――」





「みこと……」
「せつらさん……」

「好きだよ…」
「私も…大好き」

「これからはずっと一緒、だよね――――?」





「うん――――――……、ずっと、ずっと、傍にいるよ――――――――――――」







































































第97話:理不尽な、
終わり

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  第98話:エピローグ
― ―― ―――――――――――――◇――――――――――――― ―― ―
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