その日もまた彼は椅子で寝て、私にベッドを譲ってくれた。
けれど私はどうしても眠れなくて―――……
私は彼が熟睡しているのを確かめ、その肩をそっと担いで、起こさないようにゆっくりゆっくり、ベッドへと運んだ。
私は今、自分の顔が一面に張られた部屋で―――、独り、椅子に座り、佇んでいた。
小さな窓から、仄かな月光が入り込んでいた。
その光は本当に、幻想的で―――…………
虫の鳴き声が、その光を彩っていた。
静かな秋の夜長だった―――…………
それは本当に静かな―――……、
長い長い
夜だった―――……
「せつらおはよう―――!」
「おはよ、伊本くん」
「あれ、、、昨日は伊本って呼び捨てにしてくれたのにまたクン付けに逆戻りか―――?」
「え……、そうだっけ……?」
「せつらが俺を薫って呼ぶようになる、
せつらが俺を薫って呼ぶようになる、
せつらが俺を薫って呼ぶようになる」
「えー……」
また言霊、というやつか…。
言葉にしただけで現実化したら苦労はないと思うんだけど…。
「なぁ、せつらって俺に、それなりに感謝は、してるよな?」
「それは、勿論だよ」
「じゃあ1つくらい俺のお願い聞いてくれてもいいよな?」
「え、うん……」
「じゃあ今から俺のことは薫って呼んでくれ。
それくらいなら難しいことじゃないだろ?」
「うん」
「ほら」
「薫、くん……」
「もっかい。薫、でいいよ」
「薫、くん……」
「はっきり」
「薫くん」
「ほら、言霊の力が」
「それは、ずるいよ」
「ははっ(笑)」
言霊―――……、言葉の持つ霊威。
私は犯されていた時の事を思い出す―――……
ただただ恐怖し、中に出される度に、私は小さく飛鳥以外の子は決して孕まないと呟き続けていた。本当なら病院に行かなきゃいけないはずのに―――、こうして落ち着いていられるのはそのお陰なのかな……?
でも本当に―――……?
「っていうかまた寝なかったのかよ。
って、なんかいつの間にか俺ベッドで寝てるし…」
「うん……、なんだか体が硬いよ……」
「疲労が溜まってんだよ。てか寝ずに何日目だよ―――!?
まじで死ぬぞ?
睡眠薬貰ってくるか?」
「え、べつにいいよ」
「大した苦労ないぜ。
俺の主治医に頼めばすぐに処方してくれるからさ」
「え、いも―――と……、薫くんって、どこか悪いの?」
「んー……、、、、そうだなぁ―――…………。
よし、俺は一切せつらに隠し事はしない!
今のせつらに必要なのは信じられる人間、だろうからな」
「……」
「実は子供の頃、親父から虐待を受けてて、それのカウンセリングを受けてた。
その時の主治医。だから俺が睡眠薬くれって言えばすぐ出してくれるよ。
睡眠改善薬なら薬局なんかでも買えるし―――」
「そっか、ありがと、でもほんとに大丈夫だから」
「いや俺が見てらんねーんだよ!!
鏡見ろよ、目の下酷いぞ!?
つうか、寝ろ!寝てくれ!流石にやばいってマジで。」
「うん、心配かけてごめん。
薫くん、今日は学校行って。
私、その間に寝てみるからさ、あ、ベッド借りるね」
「おい、まさか今まで俺がいたから寝れなかったとか言わないよな―――!?」
「そんなわけないよ。
薫くんがいてくれなきゃ、こんなに落ち着いていられなかった。
ありがとう、本当に感謝してる」
思いきり抱き締められた。
「………………」
「薫……くん……、痛いよ……」
強く、強く、抱き締められた。
それから、私の背を撫でる手。
きつくきつく、その体を押しつける。
彼の唇が私の首に這った。
「薫………く………ん…………、、、」
そしてそのまま私の鎖骨、そして胸へ―――……
「せつらっ、せつらっ―――…………」
「薫……く……」
だめ―――……、だよ……、、、
私は動けなかった。
体が言うことを聞いてくれなかった。
まるで脳が死んでしまった気がした。
朦朧とした意識の中、服が脱がされていくのが分かった。
駄目なのに。
この体は飛鳥だけのものなのに。
舌が私の体を這う。
視界が霞む。
まだ朝日は昇ったばかりで、、、
薫くんは学校にいかなきゃいけないのに
私は彼に抱えあげられた。
私の体は完全に硬直してしまっていて、動いてくれなくて、
三半規管が壊れてしまったのか、辛うじて横になったことだけが分かった。
「好きだ……、好きだよ……、、、、愛してる、愛してるよせつら―――……」
(愛してる、私も愛してるよ―――……
飛鳥―――…………)
私の意識は深く、深く沈んだ――――――……。
第58話:交睫
終わり