連れられて行った先は、そこから15分ほど内陸に入った神社―――の近くに建てられた庵だった。彼女はそこで、たった一人で生活しているらしい。
海水でびしょびしょになった衣服を脱がされ、タオルで拭くと薄い浴衣一枚を渡された。
塩水だからできればシャワーを……とも思ったけれど、彼女はそそくさと小さなテーブルと二つのグラスを持ち出し、さっそくお酒を注いだ。
アルコール……、、
そんなもの、私の胃はとても受け付けそうにない。
三日間眠り続けた私の体は腹ぺこなはずだけれど、食欲など微塵にも無かった。
お酒なん飲む気にはなれず、私はただ同席するだけだ。
とりあえず、自分の身に起きたことをかなり適当に話した。
ついてきてしまったものの、私の気力はもう殆ど残っていなかった。
「神楽歌織……?
えっ、じゃあ羽織のお姉さんなんですか―――」
「えっ、刹那ちゃん、あの子のことも知ってるの!?」
「はい、輪高のクラスメイトで……。
でもごめんなさい。
私一度記憶を無くした所為で、殆ど話したことなくて、
とても友達と呼べるような関係じゃ、ないんですけど……」
「あはは!そーかそーか、でもほんと、凄い出会いだね!
ここまで偶然な出会いがあると、私、神様信じたくなっちゃう―――!」
「あの、歌織さんは神に仕えてるんじゃないんですか……?」
「それはそれ、これはこれよぅ!
言葉の綾ってやつよぅ!」
彼女はもう、それはもう、物凄い勢いでお酒を飲んでいく。
神に仕える身で、これで言葉の綾は―――ない。
せめてつまみでも用意してくれれば―――、ってどうでもいいや。
よほどテンションが上がっているのか、やたらとスキンシップをする彼女にいらついて私は体をずらす。私が距離をとると彼女はバンバンと机を叩きだした。
嗚呼、疲れた…、、
芽生えたのはほんの好奇心、、、ただそれだけで―――、
私はこんなとこにきてしまった。
なんだか頭は動いてくれなくて、もう考える力もなかった。
嗚呼、、
ほんとうに―――……、、
のこのこついてきた私が馬鹿だった…………。
今はもう―――……静かに、眠りたい―――……、
確かに彼女は飛鳥のお兄さんの恋人だったのかも知れない。
私と同じように、お嫁さんになり損ね、空見を名乗ってるかもしれない。
だから何だと言うのだ?
それがどうしたというのだ?
この世界にはもう私の居場所は無いのだ。
彼女と話をする意味など、これっぽっちもありはしないのだ。
それにさっき海岸で見た不思議な光景は―――、あれはきっと私の頭がどうかしていたのだろう。
あの時彼女は刀みたいなものを持っていたと思ったけれど、実際彼女はそんなものを持ってはいなかった。
きっとあれは偶然、丁度いい具合に潮が引いただけなんだ。
それを私が変な勘違いしただけなんだ。
この人はただ、一時の酒飲み相手が欲しくて私を誘っただけなんだ。
「私、酔っ払いって嫌いです……」
「やだなー、酔っ払ってる振りよ、振り!
この程度で酔えたら苦労しないって!」
「…………」
「で、で、で―――! 名前奪われたって、どうしてそうなっちゃったの?
その辺もうちょっと詳しく教えてよ」
「はぁ―――…………、歌織さん、私もう疲れました……」
「歌織でいいよ、歌織で!
同じ空見のお嫁さん同士じゃないの!!
そんな他人行儀じゃやだ―――!!」
「………………」
あー……もー……、疲れた。
せめてお酒無しで真面目に話してくれたら良かったけれど、
もうこのテンションにはついていけそうにない……。
「分かった、じゃあつれない刹那ちゃんに私の布団で寝ることを許します!!
でもその前に、本当の名前教えて」
その言葉に私のイライラは頂点に達した。
「寝ないし! それに、だからっ、名前は言えないんだってっ―――!!!」
これ以上彼女に拘わるのは億劫だった。
私は立ち上がり、そして止まった。
服は脱がされて今は下着すら無い、浴衣一枚―――……、、、
どうせ死ぬのだから、どうでもいいけれど、浴衣一枚じゃ重りが足りないかも知れない。
万が一岸に打ち上げられて助かったとかなったら最悪だ。
「別に言わなくていいよぉ〜。
ただ心に強く思い浮かべてみて?
貴女の本当の名前―――」
何を言ってるんだこの酔っ払いは。
そんな手品みたいなこと―――
私は冷ややかな目で酔っ払いを見下ろした。
すると突然、彼女は立ち上がり、私は両手を握った。
目の前に突き出された真剣な瞳に――――――、私はたじろんだ。
その瞳は微塵にも酔ってはいなかった。
「教えて、貴女の本当の名前―――……」
私は――――――……
「せ―――
つ―――
ら―――
そっか、ほんとはせつらちゃんて言うんだ」
「えっ……? どうしてっ―――……!?」
「やだなー、変な目で見ないでよ、簡単な読心術よぅ!」
「いや、でも、だって―――!」
読心術ってそういうものじゃ―――、ないんじゃ!?
彼女は笑って座り込み、またグラスに手を伸ばす。
「でもそんなに驚いてくれるならやった甲斐があったかな〜〜? あはは(笑)」
「歌織さん!」
私も彼女の前に座り込み、膝を合わせる。
「歌織でいいって」
「歌織さん、さっき海辺で、刀持ってませんでしたか!?」
「え?あれ見えたのぉ―――?
凄いじゃない〜、あ、せつらちゃん死にかけてたもんね〜〜〜(笑)」
「茶化さないでください、なんなんですかあれは!?」
「え、ただの居合いだよ? ちょっとした曲芸。
かぁ〜めぇ〜はぁ〜めぇ〜はあぁぁ――――――!! なんちて。」
居合い!?
曲芸!?
そんな馬鹿な―――……!!
そういえば羽織も剣道の授業で圧倒的な強さを見せていた。
でも、あれは、剣道とか、そういうレベルの話じゃ―――……!!!
それに、あの時、私の言葉は彼女の声に支配された。
あれは何なの!?
「あの時、私の体、言うこと聞かなくなったんですけど、何をしたんですか!?」
「あは。あれはちょっとした言霊、ううん、暗示みたいなものかなぁ〜〜?
せつらちゃんが、本当に、心の底から死のうとしていたなら届かなかったはずよ。
だから―――」
「そんな―――!!!」
「別にいいんじゃないかなぁ?
生きたいって思うのが普通なんだし―――、
それに弟クンは死んだわけじゃないんでしょ?
だからせつらちゃんもほんとはまだ―――生きていたいんじゃないかな―――?」
私は拳を握り、唇を噛んだ。
そして叫んだ。
「歌織さん、それ、私にも教えてください!!」
「え?何を?」
「あの―――、波を、払った、やつです!!」
力が、欲しい―――
「え?かめはめ波?」
「あれを私にも教えてくださいっ!!」
力が、欲しい―――!!!
「あれれ。せつらちゃん死ぬんじゃなかったの?
それとも大道芸人に転職したくなっちゃった?」
「せつらでいいです! 歌織さん!!お願いします!
わたしどうしても飛鳥を取り戻したいんです!」
「それは―――、せつらちゃんの話を聞いてからかなぁ―――?
あと、私と一緒にお酒飲んでくれないとやだかも〜〜」
ううっ―――、
私は目の前にどんっと置かれたグラスを取り、一気に呷った。
日本―――……酒……
私の意識はそこで途切れた。
第60話:空見の嫁
終わり