それから―――、私は歌織さんの庵に世話になることになった。
一週間も前―――、急性アルコール中毒で入院して以来、次第に体調はよくなり、今ではすっかり良くなった。





彼女はすぐ隣にある神社の神主をしていて、その生活費は賽銭から得ているらしい。
心中寺しんちゅうでらという少し格好いいような、物騒な名前のお寺である。
自然の成り行きで私もその仕事を手伝うことになり、その合間に剣技を教えて貰うことになった。

そう、それは剣技―――
はるか昔、神を護るために生まれたという実戦格闘術―――神楽流剣術。

一人の女性から剣の道を教えて貰うという、一見気の狂ったような行為にも思えるけれど、それでも、私には迷いは無かった。
今はただ、私はこの目で見たものを、彼女を、感じたそのままに信じることにした。



そして私は―――必ず―――










この季節は、紅葉がとても綺麗だけれど、落ち葉の片付けが大変なことこの上ない。



境内は決して広くないし、というかとてもこぢんまりとしているし、この海辺の町の人口は決して多くないらしいけれど、美人の歌織さんが神主を務めているせいか、紅葉が見事なせいか、一日に訪れる参拝客はそれなりに多い。



私はそんな衆目に晒されながら、石畳の上で坐禅を組まされていた。
ぴくりとも動くな、と言われているが、どうしても動いてしまう。

むずがゆる神経と、それを律する意識との戦いって感じ。

それにどうしても人の視線が気になるし―――……、、







「せつらちゃんって、随分波瀾万丈な人生を送ってるのねぇ……」

「ええ、まあ、そう言われてみれば、それなりに……」




ビシッ―――――――――!!!




歌織さんが手にした杖が私の肩を打つ。




「いたっ―――……」

「叩いたんだから痛くてとーぜんです。いちいち声に出さないの……」

「はい……」


「でもせつらちゃんの話が本当なら、凄いよね……。
 世界にそこまで干渉してくる神仏がいるなんて、聞いたこと無いし〜〜〜」


「ですよね。私もそういうのって、昔話とか、空想上のものだって思ってたし……、、
 でも今は……、あれは悪夢じゃなくて、やっぱり現実で、
 ほんとに起きたことなんだなって、おもいま―――あだッ―――!!」 


「集中力足りないって」


「ううっ、はい……、、
 あ、今の痛みで、1個思い出しました」


「何?」


「あの時、あの女が―――、
羅刹の魂が飛鳥に移った……みたいなことを言ってたような……」


「羅城せつら―――、羅刹の魂、ねぇ……」


「もしかして歌織さん、、羅刹を、私の兄を知って―――」





「やぁやぁせつらちゃんっ、今日もしごかれてるのかい?
 しかし歌織さんに叩かれるなんて幸せものだねぇ。
 ははっ、おじさんもそんな風に歌織さんに―――……

 あは、あは、あはは、いや、なんでもないんだ……。
 じゃ、じゃあ、が、頑張ってね……」





私に声をかけてきた参拝客のおじさん。
この数日で既に顔見知りだ。

にこやかな笑顔で話しかけてきたが、顔面を蒼白にして逃げるように去っていった。

どうやら神域での不埒な発言に歌織さんが無言の喝を入れたらしく―――……、
というより背後からの殺気、私も感じました……。





それは、ただの参拝客―――……

ただそれだけの関係であったとしても、私の事をせつらと呼んでくれることが何よりも嬉しい。
私はここではみんなにせつらとして認められているのだ。





「せつらちゃん、とってもいい子なんだけど、ちょっと生い立ち・・・・が良くないわね……」

「生い立ちですか……」

「うん」


と言われても、どうしようもないです、歌織さん。。。



「あの、やっぱり歌織さんは、兄を知ってるんですよね……?」


羽織の姉ということは、昔、輪光にいたのだ。
羅刹と呼ばれた兄のことを知っていても不思議はない。


「まあ、関係無いかな……。
 それよりも問題なのは―――、弟クンに羅刹の魂が、ってことの方。
 その女が―――……上手くやれてるならいいけど……」

「飛鳥に、羅刹の魂ってどういう意味、、です……???
…………上手く……?」

「ええ、上手く」

「どういう意味ですか……?」

「せつらちゃん。やっぱり私、貴女に協力することにするわ」

「え?」

「貴女に本格的に剣術を教えてあげるって言ってるの。
 ほんとは二度と自殺しない程度に精神を鍛えるだけのつもりだったけど―――、
 気が変わった」

「あ、ありがとうございます……、、でも、どうして急に……?」

「それより―――せつらちゃん、今輪光にいるで誰かに連絡のつく相手はいる?
できれば心から信用できる相手がいい。
貴女を鍛えるまで最低でも半年はかかる。
それでも基本中の基本だけしか教えられないし、貴女がどこまでモノにできるかは分からないけれど―――、でも死ぬ気でやるんだから少しは期待してもいいわよね?

それで―――、その間の、輪光の―――、弟クンと、その女の動向が知りたい」


「あの、、、でも、、、それなら羽織がいるんじゃ……?」


「あの子は無理」


「え……?」


「うーん……、、、
 私、もうあの場所には戻れないの。
 私はね、、何もかも捨てちゃったの……。
 誰よりも私を慕ってくれた妹も、親友も、友人たちも―――、何もかも、ね―――」


「…………」


「私はもう二度と―――あの場所に戻るつもりはない。
 死ぬまで―――……、
 あの場所には―――、



 あそこは、彼を喪った悲しい場所だから―――……」





「………………」




















「本当はね―――……、
 戻りたくても戻れないのよ―――……」




「え……?」




「あの場所は―――、今でも足が竦むから―――……」




「え?歌織さんが、ですか……?
 あだッ――――――――――――!!」


「こらこら、人を化け物みたいに言わないでくれる?
 私も一人の女の子なんだけど?」


「ううっ、そんなこと言ってないのに……」


「でもいつかはいかなきゃいけないって―――……、そう思ってるのよ……。
 私はここで彼を供養しているけれど―――、彼のお墓はあそこにあるから―――。
 それに―――……」


「それに―――?」


「彼の大事な弟クンを助けないわけにはいかないからね。
 空見翔の嫁として。
 貴方を鍛える間に―――私も頑張って――――――……」










「で、いるの、いないの?」


「え?なにがですか? あ、あー……!」



私の脳裏に、すぐに一人の少年の顔が浮かんだ。



「います。世界が私を忘れても、ただ一人―――、私を忘れないでいてくれた人が……」

「それって男の子?」

「はい」

「もしかしてその子、貴女のことが好きなの?」

「はい……」

「それはロマンチックね……」



「そうですね――――――





バッチーン―――!!!





 う゛うっ、私、動いてないのに……」





「不埒なことを考えるのは止めなさい。
 空見飛鳥の嫁として。」





「ううっ…………、、、考えてない、考えてないよぅ……」



















































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