「うぷっ、うえっ、げほっ、げほっ―――
ううっ、ううっ…………」
私は海の中で不格好に藻掻き、そして命からがら帰還した少女が、その体を抱いて震える姿を冷ややかに見ていた。
羅刹―――、あの鬼の、血族の、少女―――。
「し、死んじゃう……」
「あれれ―――、どうしてこの程度で弱音を吐くかなぁ?」
「で、でももう11月ですよ―――……?
寒すぎて―――……ほんとに―――」
「いーの、いーの。暑いより全然修行になるわよ。
それよりもさっさと自然と一体化しなさい。
でないとほんとに死ぬわよ?
その場所で自然体を保てるようにならないと、ちょっと話にならないかなぁ」
「一体化って言ったって……、そんなこと、どうすれば……、、、
波の上くらいならともかく、海の中なんて、無茶ですよ……、、」
「それは自然に抗おうとするからでしょ?
ただでさえ足りない筋力で、流れに逆らってなにができるの?
その細い腕でこの波を押し返せるとでも思ってるの?」
「でも……、そしたらほんとに流されちゃいますよ……」
「半年でも基礎中の基礎しか教えられないって言ったよね?
剣を扱える体に鍛えるのはなんとかなるとしても―――、
少なくとも自然を肌で、それを理として感じられるようにならないと―――、
弟クンを取り戻すのは諦めたほうがいいかもね」
「そんな―――……!!」
「あ、それから私、今からでかけるから」
彼女のあげた悲痛の叫び。
私はそれを聞き流す。
どうすればいいのかなど、分からない。
私には、分からない。
「え、どこにですか…………?」
「言ったでしょ?強力な助っ人を呼ぶって。やっと場所が分かったのよ。
大丈夫、遅くても4〜5日で戻るから―――。
その間せつらちゃんは私が言ったことをちゃんとやっておくこと。
勿論、これも毎日ね」
「ま、待ってください! 今は歌織さんがいてくれるからいいけど、
私一人だとほんとに、波に攫われて、死んじゃうかも―――!!」
「だ〜〜か〜〜ら〜〜〜〜! もう、理解んない子ね!
命がけくらいが丁度いいんだって!
せつらちゃんの中で閉じてる感性をこの短期間で無理矢理こじあけようって言ってるのよ?
多少の無茶はしかたないでしょ?」
「ううっ―――……、ガチガチガチ」
彼女の唇は既に真紫色に染まり、その顔は蒼白だった。
あまりの寒さにその歯がガチガチと音を鳴らす。
その様子に、心のどこかでほくそ笑む私がいる。
この子に罪はない―――、そう頭で理解っていても―――。
「もう〜〜〜、これだから温室育ちのお嬢様って嫌なのよね。
まあ、命綱を用意するくらいは許すから―――、
一日、最低でも三時間は続けること、いいわね?」
「はい……、、、
あ、あの、でも命綱ってどうすれば―――……?」
「そのくらい自分で考えなさい!お馬鹿ちん!
庵にあるものは好きに使って構わないから〜〜〜
じゃ〜行ってくるね〜〜〜!」
私は縋るように見つめる少女を置き去りにその場を去った。
イライラの理由は分かっていた。
私が戻ってくる頃にはもう、あの子はいないだろう。
そのことがなによりも、私を苛つかせる。
けれど、どうすればいいというのだ。
私は神ではなく、人なのだ。
私にはどうすることもできない。
私は、人なのだ――――――……
ガチガチガチ――――――――――――
耳に残る少女の打ち鳴らす歯の音が―――、酷く哀しく―――不快で堪らなかった―――。
第63話:神楽歌織
終わり