「はぁ、はぁ、はぁ、…………、ガチガチガチ―――……、
 と、とりあえず、今日は終わりにして、温かいシャワーを…………。
 だってほんとに死んじゃうもん……
 ガチガチガチ―――……」





私は今日の修行は終わりにして、庵に帰ることに決めた。
続けようにも命綱の用意がない。

無理して続ける選択肢がないわけではないけれど、もしこのまま一人、もう一度海の中へ戻れば限り無く100%に近い確率で溺れ死ぬだろう。

命がけくらいが丁度いいと、歌織さんは言ったけど―――……、


勇気と無謀は、違うよ―――、うん。





私はここから15分も離れた庵へ向かって走り出した。


靴さえ履いていない。


庵から浜辺まで、下着に薄手の浴衣一枚という格好でやってきたのだ。


こうやって走るのも修行のうち―――、とは思っても、水に濡れ透けた下着が恥ずかしい。


本当に人通りが少ないからいいようなものの、こんな格好じゃ下手したら痴女扱いされかねない。





でも今、私の顔は真っ青だろうし、間違い無く痴女じゃなく、寒さに凍える女に見えるだろうけど―――…………










はぁっ―――、はぁっ―――、はぁっ―――…………





私は庵に辿り着くと、一目散にお風呂場へ駆け込み、シャワーの蛇口を捻った。




















ザァァァ――――――――――――……





はぁぁん――――――……、、





あー、ちょー、気持ちいい―――……





まるで地獄から天国にでも辿り着いた気分。





…………、、、





あれ、、、なんだか頭がくらくらする。





それに、なんか、すごい寒気が―――……





うー……





まさか





これって、





風邪……?





ううん、もしかしなくても、これは、風邪に間違い無い。





でも考えてみたらそれは当然のように思えた―――……、

連日、体力の限界までの修行を積んでいる。
この1ヶ月でかなりの基礎体力をつけたように思うけれど、それでもいつも疲労の方が上回っている気がした。

そんな状態で、何時間も冷たい海の中に浸かっていれば風邪をひかない方がおかしい……。





額に手を当てると確実に熱が出ているのが分かった。





熱があると分かると、途端に頭が朦朧としてきた。





呼吸も辛い。





はぁっ―――……、はぁっ―――……、はぁっ―――……、





風邪を引いたなんて、ばれたら、歌織さんに怒られちゃう―――……、、

修行の所為で風邪をひくなんて気合いが足りないって怒鳴られるのは目に見えて分かった。
下手をするともう教えるのをやめると、言われかねない気がした。


幸い歌織さんは出かけてしまっていない。
今はもう寝て、できる限り早く風邪を治すのが先決だ―――……。

彼女が戻ってくる前に。





そう思っても私は風呂場から動けなかった。
熱に冒された体は言うことを聞いてくれなくて―――……、
あまりの熱さに耐えきれず、私は遂に転げ出るようにして風呂場から抜け出した。

早く布団敷いて寝なきゃ―――、そう思うのに、体の怠さは既に最高潮に達し、体を拭くことさえできない。



救急車呼びたい―――……、縋りたいほどの苦しさに、それでも私は、必死に立ち上がる。


体を拭くのは諦めた。


とにかくもう布団に―――、




















「きゃっ―――!!!」





部屋の中に、誰かの気配を感じたときにはもう遅かった。
突然、何かを顔に浴びせられ、私は視界を奪われた。

目の中に入った汚物の所為で、目が開けられない。





私はよろけ、なんとか壁に手をついて体を支えた。





はぁっ―――、はぁっ―――、はぁっ―――、はぁっ―――、





苦しい。





部屋にいた誰かが、何かを投げ捨て(恐らく液体を入れていたビン)、私の腕を掴んだ。





「はぁっ―――はぁっ―――はぁっ―――」





一体何が起きていると言うのか。
感じるのは身の危険。

そして目の前の、激しい男の息づかい。





私は掴まれた両腕を回し、男の腕から逃れて距離を取った。
とは言えこの狭い庵に逃げ場所などあるわけもなく、すぐに背が壁に触れる。





はぁっ―――、はぁっ―――、はぁっ―――、





熱の所為で意識が朦朧とする。





不思議と恐怖はなかった。





この相手は・・・・・怖く・・ない・・





(あれ、目が、見えないのに―――……
 なんで、私、こんなに落ち着いてるの―――……?


 あれ、この気配って―――もしかして)





「そこにいるのは、安田、さん……ですか……?」

「はぁっ―――、はぁっ―――、!?」





私が名を呼ぶと相手が息を呑んだ。

やっぱりそうだ。
毎日のように寺を訪れる参拝客。
いつも歌織さんに下品なアプローチをしようとして、いつもすごすごと帰って行く中年のおじさん。

気配だけで相手が誰なのか、分かってしまった。



(すごい興奮して―――る……?)



それは性的興奮。

そっか―――……、今、歌織さんが留守だから―――……

他の民家からは離れた庵に、私が一人だから。

女の子一人だから、

視界を潰して、

姿さえ見られなければ大丈夫だと思って、

襲ってきたのか。










「うああああっ―――!!!」





男が突進してきた。
目さえ開けられない状態で、私は彼の隣をすり抜けるようにして躱した。

なぜか、男の動きが手に取るように分かった。




これが、歌織さんの言ってた自然の流れってやつなの―――!?




安田さんは、もう完全に余裕を無くしたのか、破れかぶれなのか、私に殴りかかってきた。


下からくる握り拳。


私はそれを右手で受け、そこを支点に体を回し、彼のこめかみに足刀を打ち込んだ。





男の意識が途切れたのが分かった。





「はぁっ―――はぁっ―――はぁっ―――……」





どうしようも無いほど弱く―――、哀れな相手だった。





私は顔にかけられた液体を洗い流そうともう一度風呂場へと向かおうとして―――、その足を止めた。





まだ、誰かいる。





庵の、外――――――……




外から、こちらの様子を窺っている。





ゆっくりと近づいてきて―――





あれ





この気配は―――……




















コンコン―――……




















「薫、くん……?」





「や、やぁ、せつら、逢いに来ちゃった」



















































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