恭兵の中に女に対する憎悪が渦巻いていた。
あの女を殺す―――今やそれだけが彼の生きる目的になったといってもいい。
それは彼女に決して知られたく無いもの―――を見られたからだった。
それは―――美祢の<巫女樽>。
鬼喰らいの村では巫女の才能がない子供に価値は無かった。
しかし中途半端にあるくらいなら、そのほうが幸せだったのかも知れない。
才能を見出された子供は、ただひたすら巫女になるための修行をしなくてはならなかった。
そしてその途中で脱落したものは、手足を切り落とされ樽に漬けられ、他の巫女にその霊力を供給し続ける為だけの<巫女樽>にされる。
その人生を、一つの樽の中で終えることになる。
それが彼ら脱落者に与えられる一族としての役目。
久遠 美祢――――――……
それは彼が姉のように慕っていた少女の名。
共に暮らし、学び、修行していた、少女の名。
そして―――、<巫女>の試験をパスできず、脱落した―――、少女の名。
彼女はきっと本当の姉だっただろう。
いや姉であり恋人であり妻だったのだ。
ここにいる呂久斗も、立夏も、かなみもそうなのだ。
恭兵にとって彼らは兄であり、弟であり、姉であり、妹であり、恋人であり、妻なのだ―――。
近親婚を繰り返す鬼喰らいは―――、
その建前だけ男女で別姓を名乗ってはいるが―――
その血は近く繋がっているのだった。
そして彼らは―――、恭兵は、彼女の、美祢の血を喰らい力を得ている―――。
彼らは同族の命を、魂を喰らっているのだ。
そしてそれこそが鬼喰らいの―――、能力。
恭兵は拳を作り、歯を食いしばった。
内にぼこぼこと沸き起こる怒りを、破壊衝動を必死に抑え付ける。
あの女は、見てしまった。
それは俺がもっとも愛し、もっとも憎悪しているものの姿―――。
俺の命より大切なものだったのに―――……
それをあの女は、何の資格も無く見てしまった。
まるで、憐れむかのように、
まるで、下らないものを一瞥するかのような目で――――――
彼女を!!!
あの女は彼女を―――、俺の魂を穢したのだ!!!
「ぐああああああああああああああッッッ―――――――――!!!」
「恭兵さま!?」
「お”い、恭兵いい”どうしだあああ!?」
絶対に許さない。
必ず殺す。
必ず、あの女を殺すための力をここで手に入れる。
必ず。
やらなければ皆殺しだと――――――?
失敗したら皆殺しだと――――――?
あの男を傷つけたら皆殺しだと――――――――――――?
ふざけやがって―――
殺してやる。
空見飛鳥―――、必ず殺してやる。
そしてその首をあの女に突きつけ、そしてあの女も必ず―――――――――
いや――――――……
殺さなくていい。
あの女は殺さなくていい。
そうだ、殺さない。
殺さずにあの手足を切り落とし、
<樽>に漬け、
死ぬまでその魂を喰らってやる――――――――――――
「恭兵様、どうしますか―――」
「恭兵様……?」
「お”いいい”恭兵―――!!!」
「ああ、すまん、すまん、ちょっと考えごとして―――……」
恭兵は遙か頭上の呂久斗を見上げた。
その目は汚く濁るも、確かな意志の光を湛えている。
そう、呂久斗は、これまでの呂久斗とは、違う―――。
呂久斗は夜叉の魂を喰らった。
しかしその力は不安定で、大部分は切り捨て残った力を支配するのさえ苦労した。
でも遂に―――、彼はその力を制御したのだ。
今こうしていても分かる、彼に宿る鬼の力が。
強大な力が。
そして変わったのは彼だけではない。
これまでは
呂久斗が依代―――、恭兵、立夏、かなみはそれをサポートする為の術士だった。
しかし今―――、呂久斗は完全に鬼と同化し制御している。
つまり、今や他の3人は鬼の制御の為にその力を割く必要がないのだ。
それはこれまでの彼らの、10倍近い戦闘能力の向上を意味している。
今の呂久斗でもあの女には敵わなかった―――、
敵わなかったが―――……、
その為の力が、ここにある。
あの女を殺すための力が―――、輪光にある。
夜叉の力の多くは浄化してしまったが今の呂久斗ならきっと―――――――――
「羅刹、か―――、くっくっく―――、お宝や―――、
お宝に、間違いあらへんで―――!!!」
恭兵は、その脳裏に神楽歌織の<巫女樽>を明確に想い描き――――――
おぞましい笑みで嗤った。
第65話:鬼喰らい
終わり