波が白い飛沫を上げていた。



ザァッ―――、ザァッー―――、



砂浜へと押し寄せ、ては返す波の音―――……


海。


それは人は力ではどうにもできない、圧倒的な物量をもった―――、水の塊。










でも、ここは静かだった。





とても静かだった。





深い、深い、海の底。





そこで私は





ただ、揺れる。





穏やかな水の流れに抱かれて―――





ただ、揺れる。





私は揺れながら遙か頭上に射す光を感じていた





目を開けるのがいやだったから





目蓋の裏でそれを受け止める。





海の底で、私は





まるで日向ぼっこでもするように、ただ波に揺れている。










11月の海は冷たく、体からはどんどん熱を奪っていくはずだった。


けれど寒さはない。


海の底では呼吸が辛いはずだった。


けれど息苦しさはない。





感じるのは、熱。





熱い、熱い―――、熱。





私の体は、静かに―――静かに―――熱く―――燃えている。










深い深い海の底に横たわる、母なる大地に抱かれて――――――――――――






























もうどれくらいの間、そういしているのか分からなかった。





だってそれはあまりに心地良くて―――……、、










もしかするともう、私は本当に大地と一体化してしまって―――…………?






























遠くから、近づいてくる影を感じた。




見なくても分かる。




あれは歌織さん。




彼女の体で太陽が翳る。




まるで魚のように一直線に私に向かってきて―――、彼女は私に触れた。




誘われ、共に水面へと浮上する。




















「ぷはっ―――……」


「はぁっ―――、はぁっ―――、はぁっ―――」





私たちは砂浜へと上がった。










「お帰りなさい、歌織さん―――」


「ちょっと、ちょっと、ちょっとぉ―――!!
 せつらちゃん、一体何があったの?
 私が家を空けたのってほんの5日だけだよね―――?
 いつの間にか5年経ったとかないよね―――?
 やだ、私ってば、浦島花子になっちゃったの―――?
 ねぇ、一体全体、何がどうなってるの?
 もしかして今度は私が記憶喪失?」


「えっ―――?(笑)」


「ねぇ、教えてよ、今、何年?
 それとも私別世界きちゃった?
 それともあなた、実はせつらちゃんじゃ―――……ない?」


「えっと、別になにも、ないですけど(笑)」


「うーん―――…………うーん―――…………」





歌織さんはしきりに首を傾げ、思案し、頭を掻いた。
その様子が面白くて、私は少し笑った。

驚いているのだ。
私の急激な変化に。

勿論、私自身も驚いているけれど―――

でも、なんだか、彼女を驚かすことができたのが、とても嬉しい。





「こらっ、そろそろ正直に言いなさいよぅ!
 私がいない間に一体何があったのっ!!」


「えっと、、、特に何があったってわけじゃないんですけど、
 歌織さんがでかけたあと、わたし、高熱だしちゃって、
 だからぐっすり寝て、起きてから―――……、
 何となく、分かっちゃったっていうか―――、
 感じられるようになったっていうか……」


「高熱、ねぇ、、、、ふぅん―――……」


彼女は頷いてみせたものの、納得した様子はない。


「それよりも助っ人って、どうだったんですか?」


「それなら上手くやってきたわよ。
 近いうちに弟クンに接触するんじゃないかな〜?」


「え?あれっ?
 助っ人って私を鍛えてくれる人、、じゃなかったんですか?」


「あら、それは私じゃ不満ってこと―――?」


「いえっ、そんなことはっ―――!」



「それよりもさぁ〜〜〜〜〜〜……、、、」



歌織さんは依然、私の変化について訊きたいようだった。

といっても、私自身、自分の変化について理解しているわけでもないし、
どう説明したらいいのか、分からない。
さっき歌織さんに言ったことが、言えることの全てだった。

でも歌織さんは退きそうにないから―――



「実は私―――……、襲われたんです」


「襲われた……?」


「私を……、その、強姦しようとした人がいて―――、
 その時、私熱でふらふらだったし、視界も奪われてて……、
 でもなぜか、相手の動きとか、はっきりと、手に取るように分かりました。
 なんか感じたんです、空気の流れとか、、」


「へぇ―――……、、なぜか、ね……、
 もしかして、それは、羅刹の血―――?」


「え……?

 兄の、ですか……、、、



 そんなの、分かんないです……」





「ごめん、意地悪な質問しちゃった……」


「いえ……、、、、   あの、歌織さん」


「うん―――?」


「前から訊きたかったんですけど、歌織さんは、兄を恨んでるんですか……?」


「そうね―――……、、、



 よく―――……、分からないわ」


「えぇ!?」


「少なくとも彼は―――翔は―――、貴方のお兄さんを恨んでなどいなかった、と思う。
 私は―――、
 憎むべき相手を間違えているのかも知れない……」


「翔さんは、兄の所為で亡くなったんですか?」


「いいえ。犬に殺されたのよ」


「えっ!?」


「ふふっ―――、それもとても小さな……、仔犬だったらしいわ―――……」


「…………。
 その仔犬を……、憎んでるんですか?」


「もぉ〜〜、やだぁ〜〜〜……そんなわけないじゃない。
 このお馬鹿ちんっ!」


「あだっ――――――!」




私は額に打ち込まれた強烈なデコピンに仰け反った。




瞬間、体が反応した。


確かに感じとっていた。


僅かな彼女の動き。


その氣の流れ。


その人差し指1本、たかがデコピンに込められた――――――力。





私はとっさにその衝撃を大地へと受け流す――――――










私は―――……、
私の体は―――、

以前とは明らかに、なにかが―――、変わっていた。

熱に冒された―――、あの時から―――。




















「はいはい、お喋りはもう終わり。

 さてと―――、、、なんかもう―――、、
 うーん、うーん―――、、ちょっとせつらちゃんの変化についていけないんだけど、

 そうね、

 そろそろ木刀でも握ってみよっかぁ?
 この町そんなもの売ってたかなぁ―――……?
 せつらちゃん、探して買ってきなさいっ!!

 戻る。着替える。探す。はい、一時間以内!」


「い、一時間!?」


「つべこべ言わない。 
 ほら走れぇ―――!!」


「は、はいいいっ―――!!!」


















































「な―――ん―――で―――、



 1本しか買ってこないのよぅ―――!



 このお馬鹿ちん〜〜〜〜!!」





「あだっ―――――――――!!」



















































第68話:覚醒
終わり

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  第69話:神羅雪
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