「それは確かな情報―――?」



野良猫を数匹、部屋の中へと招き入れ、餌をあげ、ブラッシングをしていた神羅雪の総長・七種いつき――――――は、告げられた報告に眉を顰めた。





輪光にきてからもう半年近く経つが―――、初めてその住まいを訪ねた神羅雪の幹部の一人・日下くさか美香みかは、ヘッドのプライベートに少なからず驚いていた。

頭は普段から笑顔を見せるし、仲間に対してはとても気さくな人だと感じているが、今、目の前の、まるで乙女のように柔らかな手つきで猫を撫でつけ、それとお喋りする彼女の貌は見たことがない。
それにどんな猛暑だろうが極寒だろうがいつでも特服一枚、平気でその胸元を露出する彼女が、大凡パンピーの様な、女らしい服装を着ていることに―――……、彼女は自分の中に湧き上がる色々と複雑な感情を、むず痒さを感じずにはいられなかった。

とはいえ彼女の感じていたむず痒さは苛立ちではなく、心の躍動によるもののほうが大きかった。

日下美香は他県で自分の族を持っていた元総長で、いつきにスカウトされた猛者である。
あまりの格の違いに今ではいつきに完全に忠誠を誓って―――……というより強い憧れを抱いている。

当時、気に入らないものには一切の容赦をしないは頭は、磯姫という異名で恐れられていた。
しかし輪光に戻ってからというもの、というよりあの少女・・・・を仲間迎え入れてからというもの、彼女は目に見えて丸くなっていった。
それはまるで美しい薔薇の棘が、1本1本抜け落ちていくようなそんな感覚で―――、
でもそれは決して悪い変化ではなくて、美香にとってはそんな彼女が、可愛く思えてしまってならなかったのだった―――。
いつの間にか頭に対して抱いていた憧れが、恋心へと変わっていることに彼女自身気付いていた。

ただその少女というのが神楽羽織―――彼女が昔所属していた族長の妹―――で、どうやらいつきさんはその姉をとても尊敬しているということに、そして神楽羽織を贔屓することに若干の嫉妬を覚えずにはいられなかった。
が、いずれにしても美香は、頭に自分の想いを打ち明けるつもりはなかったし、またそんな関係になることも望んでいなかった。



ヤクザ・玲瓏会を潰し、彼らから巻き上げた金は数千万に及んだはずだが、頭の部屋はどう見ても、その前にボロがつきそうな安アパートで、贅沢な暮らしをしているようには見えなかった。



「間違い無いと思います。情報源は桜劉会の組の者ですから」
「そう―――……」



もうブラッシングはいいとの猫のアピールに、彼女はソファーの上に寝転びその胸の上で猫を遊ばせている。美香は多少の羨望を含めた眼差しでその猫を見ていた。



「やっぱり潰さないと駄目―――、か―――……。
 桜劉会も、悪鬼も―――……、、、」

「私もお伴しますっ―――!!」



いつきの呟きに彼女がすかさずそう告げたのは、かつて玲瓏会を潰したとき、彼女がたった一人で組へ乗り込んだからだ。

もともといつきは他県からの流れ者で、気に入らない奴は容赦なく潰し、気に入った奴を仲間に引き入れる、嵐のような人物だった。 
周辺を仕切っていたヤクザ・玲瓏会と悶着を起こすまでそう時間はかからず―――けれどそれは小競り合いのようなもので―――……
しかしある日、女に負けメンツを潰され続ける彼らは報復にでた。
いつきの仲間であった茂縫千早を輪姦し、暴行を加え、さらし者にした。

そしてそれを知った彼女は、たった一人で―――……



「いい。
 流石にヤクザは、チンピラ共とは違うからな―――。
 そうだ、今回は羽織を連れて行くか―――……」

「私もお伴させてください―――!!!
 決して足手纏いにはなりません!!」


当時は仲間意識よりも強い畏れを抱いていたから、その事実を知ってもさほどのショックは無かった。けれど今は―――、彼女をヤクザの事務所に独りで行かせるなんてことは決してできない。
というより、既に、羽織だけ連れて行くという言葉に彼女の面子は潰れかかっていた。


「美香……?
 私は足手纏いだとか、そういうことを言ってるんじゃないよ」

「いえ、いつきさんはそう言ってるのと同じです。
 じゃあなんで羽織だけ連れて行くんですか―――!?」

「…………」

「私も―――、役に立てます!」

「分かった、分かったよ。
 なら早々に羽織と千早に連絡をつけてくれ。
 思い立ったが吉日。
 今夜0時―――、4人で桜劉会に夜襲をかける―――」

「はいっ―――!!」



美香は満面の笑顔で応え、踵を返した。










七種いつき、通称・磯姫
以前、輪光に名を轟かせた神手黎羅の副総長であり、現・神羅雪の頭。
5年前―――羅刹に敗れて以来姿を消していたが、この夏突然輪光へ舞い戻り、神羅雪を組織した。

その時にはあらゆる族・不良集団が解体されていた輪光で、唯一、神羅雪にとって敵対しそうな組織は東のヤクザ・桜劉会しかなく―――、かといって真っ正面からことを構えるようなこともなかった。

そんな情勢の中、悪鬼の元幹部である空見飛鳥による悪鬼再編の噂があがった。

それは彼女にとって朗報だった。
悪鬼は彼女にとって憎むべき相手だったからだ。
君臨していた羅刹こそいないが、当時の神手黎羅は悪鬼に敗れた。


だから、今度は神羅雪が悪鬼を潰す―――!


それは彼女の中で明確な目標になった。

しかしたとえ総長とはいえ私怨で神羅雪を抗争へ巻き込むことはできず―――……、
悪鬼の編成、そして訪れる衝突の時を待っていたのだが―――……、


彼が悪鬼を再編するという噂が流れたのが10月の始め―――、
が、それ以来悪鬼の編成についての話は煙のように消えてしまった。

というのも、その中核にあった空見飛鳥が警察の厳重監視の対象となってしまったからだ。


だからこちらも手も出せず、手を出さず、事の成り行きを見守っていたのだが―――……


しかし突如事態は進展を見せた。
それも思いも寄らぬ方向に。

それが今日、彼女の部屋を訪れた日下美香の口から告げられた事実である。



“悪鬼が桜劉会を乗っ取った―――”



悪鬼―――空見飛鳥が、一体どのような手段でそれを成し遂げたのかは分からないが、それが事実だとするならば、到底看過できる事態ではない。

羅刹の再来―――……。


当時自分は17歳。奴は16歳だった。




あの時は―――……、あの時は―――……、










『に”ゃああ”あ―――!!』


突然、猫が悲鳴をあげ、その胸の上で全身の毛を逆立てた。


「あっ、ごめん、ごめん……」


慌てて宥めようとしたが、猫は逃げるようにして部屋から出ていってしまった。





彼女は、無意識のうちに力を込めてしまった自分の手を見つめた―――……。





美香にはああ言ってしまったが、本音を言えばやはり彼女たちは足手纏いだった。
族同士の喧嘩ならともかく、ヤクザはすぐに刃物を出すし、下手をすると銃をぶっ放す。



羽織ならともかく、美香と千早では護りきれる保証がない……。










七種いつきはソファーから立ち上がると、服を脱ぎ捨てた。
クロゼットから取り出した特攻服を翻し、木刀を手にする。

その柄を軽く握り、何度か指を開いては閉じ、絡ませる。
それはしっくりと、掌に馴染む。



土地が膨大に有り余ってるような国の巨大マフィアならともかく―――、
日本の狭い日本ではヤクザの事務所の大きさなどたかが知れている。
そこに籠もれる人数も。

問題は空見飛鳥がそこにいるかどうか―――だが―――……





彼女は強く木刀を握りしめた。
そこにあるのは、確固たる―――、力。





自分はもう五年前のあの時とは違う―――……。





空見飛鳥―――……、羅刹の再来だって―――……?





ハッ―――――――――!




















磯姫は一人、愛車に跨がり、キーを回した。



















































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