飛鳥がホールに着くのと同時に、二基あるエレベーターの一つが開いた。

中にいたのは2メートルはある大男。
それは有無も言わず彼へと殴りかかる。


「くっ―――」


彼はそれを右手でガードし、バックステップをして距離をとる。
巨漢が狭苦しそうにエレベーターから這い出した。



飛鳥は腰を落とし構えを取った。


敵―――の仕業だろう。
彼は今、その体に絡みつく得体の知れない何か、を感じていた。



(重い――― 体が鈍化している―――?)



更にもう一基のエレベーターが上がってきて開いた。
中にいたのは一人の少年と二人の少女。

敵は4人―――。

そして確信する。
こいつらがずっと自分を付け狙っていた連中に間違い無い。










「空見飛鳥やな―――、その鬼、貰うで―――」

「鬼―――?」



まるで暴風を巻き起こすような拳を避けて飛鳥は床を転がった。
廊下へと抜け、空き部屋の方へと向かう。
勿論、せつらといつきのいる方とは逆方向だ。



「行け呂久斗―――、ここで必ず始末する」

「お”お”お”う”」



呂久斗は両の拳を胸の前でぶつけ合わせた。
空気が震えた。





(この力は鬼によるものなのか―――?
 だとすれば―――……
 あの時、せつらが撲斗の連中に陵辱されたと思って逆上した……、とき―――、
 俺の中に生まれた、あるいは取り憑いた―――か?
 はっ、突拍子も無い発想だな。
 いずれにしても―――)





彼はもう一つの空き部屋へと入った。
そこはスイートの名に恥じない豪華な作り。
あの巨漢と殴り合えるだけの十分な戦闘空間が広がっている。


ガッ――――――――――――、


扉を壁からぶち抜いて、巨漢が侵ってきた。





「おい、この俺の鬼の力を貰うってのは、どういう意味だ?」



できるだけ彼らから情報を引き出しておく。
どうやら突然得たこの未知の力について、彼らは自分より詳しそうだった。



「ある女に頼まれたんや―――、
 あんさんを殺してくれってなぁ―――。
 あんたが鬼の力を持ってるから、それを奪てこいてなぁ―――」

「ある女―――……?」



(女……?
 こいつらの裏に黒幕がいるのか―――?)



「名前は知らへん―――。
 兄さんが昔捨てた女の恨みでも買ったんとちゃうか、色男―――
 えらい別嬪さんやったで―――」


「困ったな……。心当たりがありすぎる……」


「それにしてもや―――、
 俺らの鬼封じが効かへんゆーのはどういうことなんかなぁ―――。
 兄さんは鬼そのものなんか、素で鬼を制御してるんか…………。
 それでまっとうな人間面しとるゆうんやったら……俺ら一族も形無しやな―――!!」


「一族……?」


「おしゃべりはここまでや。行け呂久斗―――!!」





呂久斗が突進する。
飛鳥は受け止めず直前に体を沈め足払いをかけた。

巨体が壁に激突する。

その隙に彼は他の3人を潰そうと思ったが、体が重い―――

これはきっと彼らの力―――……、
この巨漢ではなくあの3人の―――





両腕をバネに後ろから襲ってくる巨漢の顎に跳び蹴りを放ち、飛鳥は起き上がる。


近くにあった銅の彫刻を扉の前にいる3人に叩きつける。
が、それは彼らに当たることなく砕け散った。

少女が素早くその胸の前に印を結び―――、その前に白い虎が現れた。



「グワアアアアア――――――」



咆哮する。
左に巨漢、右に虎。




得体の知れないこの状況に、飛鳥はわくわくしていた。
無論、焦燥はあった。
だがこの状況が素直に楽しい。




左の男の動きに合わせその頬に上段回し蹴りを放ち、虎の接近に対応する。



が―――――――――





「ぐあっ―――――――――!!!」





彼の腕は白虎をすり抜け―――、その牙は深々と脇腹へと食い込んだ。




激痛と共にドッと血が溢れ出す。





「ぐっ―――」





突然目の前に虎が現れるなんてことがあるわけが無く、
これはつまり実体ある虎ではないということで―――、
鬼というものの存在を認めるなら、こんなものもいてもおかしくないわけで、





でも―――――――――





「だからと言って――――――!!!」





腹を食いちぎられそうになり、飛鳥は虎の首根っこを左上で掴んだ。
握力に任せその首をへし折る。


彼は進化していた。


触れることができない相手に対し―――、彼は無理矢理その霊門を開いたのだ。





そしてその目に見た。
扉の前にいる3人の少年たちから自分へと伸びる無数の蔦を。

それはいまだかつて識ることの無かったもう一つの理。





「これが体の重い正体かっ―――!!
うおおおおおおおおおおおおッ――――――――――――!!!」




彼はそれを力任せに引き千切る。
まるで部屋全体の壁がひっぺがされたかのように蔦が舞う。



「なんやと―――!?」




途端体が軽くなり、彼は巨漢の腹に放つ蹴りをその膝までをめり込ませ、その腹を踏み台に、扉の前で控える3人の術士たちへと突進する。


直前に張り巡らされた結界を霊門の開いた鬼の力で粉砕し、両腕でガードをとった男に正拳を突き出す。



「ぐはッ――――――!!」
「ぎゃあああああ―――!!!」



関西弁の少年を廊下の外へと殴り飛ばし―――、それから奇妙な形をした懐刀を取り出した女の腕をへし折る。


短期決戦―――まだ巨漢からのダメージは貰ってないが、こちらのダメージも通っていない。
まずはこの得体の知れない3人はできる限り早めに潰す―――!!



背後からくる巨漢の横腹に回し蹴りを打ち込み、更にその体を1回転させて遠心力をのせ弾き飛ばす。
そのままの勢いで最後の少女の頭を掴み壁に叩きつけた。
新たに召喚を受けようとしてた式神が少女の意識が途絶えたのと同時にその姿を消していく。




「グア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”―――――――――!!!」




仲間がやられた光景に、巨漢が吼えた。

その体を膨張させ、凄まじい鬼気を放つ。

興奮していた飛鳥の額を冷や汗が伝った。



これまでの攻撃で巨漢に対しては一切の手加減をしていない。
全て、渾身の力を込めた。
にもかかわらず、男はダメージを受けている様子はない。




「こいつ不死身か――――――!?」



「ぐううおおおおああああああああああ―――!!!」




巨漢の咆哮だけで、体に痺れが走る。勝手に体が怯えている。




「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ――――――――――――!!!」




飛鳥もまた雄叫びをあげた。

巨漢からのプレッシャーをはね除け、右腕に力を溜める。





ガツンッ――――――!!!!!






正面からぶつかり合った拳に部屋全体が揺れた。










(こいつ――――――――――――!!!)





飛鳥の腕が軋み、激痛が走る。
内から涌き起こる力が、制御できない。

力を出しきれない――――――!?

恐らく彼らが用意していたのはさっきの蔦だけではないのだろう。
最初に気配を感じてから襲撃まで随分時間があったのは、この場を支配する特殊な結界を用意するためなのかもしれない。



「ぐうおおおおっ――――――!!!」



巨漢との組み合いに体が悲鳴をあげる。
無理に続ければ腕ごと砕かれてしまいそうだった。





勝てないと判断した飛鳥の行動は早かった。


巨漢の腕に手をついてその身を中空へ翻し、その首に両足を巻き付け―――、
彼の僅かな揺れに便乗しその巨体を後ろに引き摺り倒し――――――、

飛鳥は床に両手をめり込ませて掴み、足に絡めた巨体を全力で窓へとぶち当てた。




バリンッ―――――――――




嫌な音を立てて二重窓の強化ガラスが砕け、巨漢がめり込む。
その時にはもう飛鳥は体勢を立て直し、腰を落として構えていた。



「ふぅ―――……、はぁあっ――――――!!!」



渾身の正拳を、逆さにめり込んだ巨漢の腹へと打ち込む。
その衝撃に今度こそ窓は完全に砕け散り、その体は空中へと放り出された。






ここは地上からはるか上空にある――――――40階スイートルーム――――――






座主坊呂久斗は180メートルはあろう高さから為す術も無く、墜ちていく―――。




















「はぁっ―――、はぁっ―――、はぁっ―――」



肩で息をつき、飛鳥は握りしめた拳をゆっくりと解いた。
正面から打ち込んだ渾身の一撃でさえ、奴にダメージを与えられたかどうか……。


だが―――この高さならどうだ?





(終わった、か―――?)





虎に噛まれた腹に激痛は感じているものの、手を当ててみると既に出血は止まっていた。





(鬼、か―――……)





彼は窓際へと近づき、下を覗き込んだ。
遙か下に、地面に叩きつけられ潰れた男の体があった。


流石にあれで生きてはいないだろう―――……。





遂に人を殺してしまったか―――……、と彼は気を重くした。


『ばれなきゃ犯罪にならねーよ』


羅刹さんはそう言うが―――……
明らかに正当防衛だったとはいえ、命まで奪うのは―――……、、、










見渡すと窓は割れ、壁は剥がれ、豪華な調度品は粉々に砕け散っている。
惨憺たる有様だった。


扉の近くには二人の女が血を流して倒れていた。
巨漢と違いこちらは普通の肉体だったようで、容赦せず殴ってしまったから、もしかしたら重体かもしれない。


しかし正当防衛だ。
死んでいないならそれでよしとしよう。

情報も引き出さなければならないし―――……










とりあえず、戦闘は終わった。



















































: : : : :

: : : : :

  - NEXT ->
― ―― ―――――――――――――◇――――――――――――― ―― ―
<- BACK -  

: : : : :

: : : : :