七種いつきがその部屋に戻るまで二分足らず――――――……
その間に既に勝敗は決していた。
飛鳥はその全身から血を吹き出していた。
巨漢の拳に反応しても避けられず、ガードしてもその上から崩される。
弾き飛ばされ、壁に着地して、距離を取ろうにも巨漢はそれを許さない。
最早、完全にサンドバッグ状態だった。
七種いつきは、部屋に入るとすぐに木刀の鞘を抜いた。
そこに現れるは―――、細く長く、緩やかなカーブを描く刀身を持つ―――、
名刀 白雪―シラユキ―
それは神楽流剣術師範―――つまり神楽歌織の父に当たる人物・神楽榮西より譲り受けた刀。
彼女は普段から携帯している木刀の中に、真剣を仕込んでいたのだった。
「ふぅ―――」
彼女は構え、小さく息を吐いた。
そしてほんの少し、目を閉じる。
彼女の意識が伸び―――、その部屋全てが彼女の感覚の延長となる。
それはその中にいる呂久斗や飛鳥も例外ではない。
「…………なん…で、、戻って……きた……?」
息も絶え絶えに飛鳥が言った。
「残念ながら、あんたより高額で雇われちまったんでね―――」
「ど阿呆が―――……」
ドンッ――――――――――――
呟いた飛鳥の胸に、呂久斗の拳が突き刺さった。
「次はあたしが相手になるよ―――」
「オンナァ―――、オンナァ―――、オンナァ―――!!!」
呂久斗の放つ鬼気の中に情欲が混じる。
「ふぅ―――」
彼女はその凄まじいプレッシャーを吐息一つで受け流す。
無畏の構え――――――
彼女は感じていた。
今、彼女のフィールドには、いまだかつて相対したことのない、得体のしれない存在が混ざっている。それは彼女の感覚の中で暴れ狂う、あまりに凶暴な、未知の力。
彼女はそれを捉えようとすることを諦め、その輪郭だけに意識を留める。
巨漢が動いた。
「神楽詩―――――――――」
巨漢との接触に彼女は神楽の奥義を放つ―――――――――――――――
神楽―――、それは神を護るために作られた剣。
神に刃を向けるモノの息の根を止める、滅殺の剣――――――
彼女はこれまでの人生で人を殺めたことなど無い。
が、そこに一切の迷いはない。
それは剣を手にした者の宿命。
彼女と巨漢との筋力差―――、それは何十倍もの開きがあったに違いない。
刹那―――――――――
いつきの白雪と、呂久斗の拳が交差した。
刀は拳を躱し、その刀身は翻り、肉を削ぎ――――――巨体へと滑り込む。
少女の肉体もまた、まるで水の如く流れた。
ガッ―――――――――――――――
「グオ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”
オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”
オ”オ”オ”オ”――――――――――――!!!!!」
右腕の肉を、ごっそりと削がれた巨漢が絶叫した。。
しかしその腕の先には女の胸ぐらをがっしりと抑えていた。
「くっ――――――――――――」
巨体に突き刺さったままの刀を、手首のスナップだけで操ろうとし―――、
「あああああああああっ――――――!!!」
次の瞬間、彼女の手首は砕かれていた。
刀を取り落とし、激痛に悲鳴をあげる。
「オンナァ―――!オンナァ―――!オンナァ―――!」
「くっ―――!!」
彼女はすぐにもう一方の手を伸ばし、落下する白雪を掴んだ。
が、その彼女の手首を再び呂久斗が捉えた。
手首ごともがれそうな激痛に、骨が粉々に砕ける。
地面に落ちた白雪を呂久斗が踏みつけた。
ペキッ――――――――――――
雪のように白く輝く刀身が、真ん中で折れた。
「そん……、な…………」
その光景は、その音は、彼女にとってあまりに絶望的に響いた。
彼女は男の急所である金的に足を蹴り上げた―――、直撃、にも拘わらず男はびくともしない。
呂久斗は力任せに彼女の服を引き千切る―――。
その僅かに離れた時間に、彼女は呂久斗の体を蹴って扉へと飛んだ。
が、巨漢の反応は早すぎた。
その足首を掴まれ、地面に叩きつけられた彼女の上に巨漢がのし掛かる。
「ぐふふふっ、ぞの、剣―――、知っでるぞお”お”お”お”―――――――――!!!」
「なにを―――!?」
突然吠えた、男の言葉に困惑したが、話をしている余裕など無い。
彼女は左の爪刀で男の肌を切り裂く。
バッチン――――――――――――!!!
思いきり頬を殴られ、視界が揺れる。
脳を激しく揺さぶられ、意識が遠退く。
身に着けていたスーツを無理矢理ちぎられる。
露わになった胸に巨漢の手が伸びる。
柔らかな乳房を引き千切らんばかりにこねくり回す。
(勝て……ない……)
白雪は折れてしまった。
私は奴の心臓を貫くつもりだった―――……
が、届かない―――。
両手首は完全に砕けてしまっていて動かない。
朦朧とする意識の中、彼女は脚を合わせ靴を脱いだ。
脚を伸ばし、爪先で折れた白雪―シラユキ―の柄を探す―――……、
が、届かない―――……
絶対的な力で股を開かされ、脚の筋が悲鳴をあげる。
男が入ってきた…………、、、
うう、、、
ううっ、、、
彼女は薄れゆく意識の中―――、扉の前に立ち尽くす少女の姿を見た。