がちゃり―――、
私は203号室の扉を開く。
ぼろい外装とは違い、中はリフォームされた綺麗な空間が広がっていた。
きっと、これも彼の配慮なのだろう。
決して彼を疑っているわけではない―――けれど、、、
リフォームの業者なんかが入った事も考慮して、
いちおー……、ね。
私は目を閉じ、部屋の中に気を巡らせる――――――。
コンコン―――、鞘で何度か壁を叩き―――
盗聴器、隠しカメラ、なし、と。
それから私はまたシャワーを浴び、早々に布団に潜った。
が、私はすぐに起き上がり、壁に立てかけたままだった日本刀を手に取った。
そして私はそれと共に布団へ戻る。
剣を抱き、私は丸まった。
清潔な布団の中はぬくく―――とても、とても心地良くて―――……、
幸せ――――――。
そして彼を失った私が、もう一度幸せを感じれることに―――、また幸せを感じる。
微睡みの中で、私は出発前のことを思い出していた――――――
鬽神楽 神楽詩 神遊火
そして3つを極めた神楽流最終奥義――― 神武威
歌織さんが放つ、その奥義を私は―――――――――
旅立ちの日、私は歌織さんから一本の刀を貰った。
「え……?
これ、私が頂いていいんですか……?」
「勿論っ♪ これは随分前から刀匠にお願いして叩いて貰った、
あなたの為の刀よ―――、せつらちゃん。
もしかしたらせつらちゃんなら、神楽―カミクラ―を継げると思ったんだけど……」
結局、私は歌織さんから一本取ったその時まで、神楽―カミクラ―を視ることができなかった。今でも、その存在を感じることはできても、その刀身を視ることはできていない。
どうやら霊門という第六感を開かなければ視ることができないらしい。
神通力、神霊力、方術―――サラという得体の知れぬ女に対抗するために、霊門を開くことは必須だったらしいけれど、未だに開けていない、らしい。
でも『せつらちゃんなら大丈夫!』という、歌織さんから笑顔のお墨付きを貰ったからあまり心配はしていない。一応、神楽―カミクラ―は見えずとも、その存在の輪郭はちゃんと感じ取れているし……。
「それでね、まだこの子には名前がないの。
刀匠はどうしてもつけられないって。
だからせつらちゃん、名前は貴女がつけなさい―――」
私は刀を受け取り、鞘から引き抜いた。
その刀身は黒く―――、どこまでも黒かった。
穏やかに湾曲した漆黒の日本刀―――。
しかしその刃は美しく光を反す―――…………
名刀――――――
まるで重さを感じさせない、これなら自分の手足同然に扱える。
それは初めて触れたにも拘わらず、吸い付くように手に馴染んだ。
奈落 ―ナラク―
「えっ―――?」
「この子の名は、奈落です―――」
「う〜〜〜ん……、
奈落、ね―――……、
なーんか、その言葉、
わたしには、あんまりいいイメージが浮かばないんだけど―――……、
でもせつらちゃんがそう名付けたならいっか」
「はいっ!」
「ごめんね、私も一緒に行ってあげられたら良かったんだけど―――」
「いえ、沢山のことを教えて頂いただけで―――もう充分です。
それにこれはもともと私の戦いですから」
「ほんとに、ごめんね―――」
勿論、彼女が一緒に来てくれたなら以上、心強いことは無いだろう。
しかし輪光へ足を踏み入れたくないという彼女に、無理を強いることなどできない。
一人では心細い―――、そんな気持ちが無いといえば嘘になる。
でもそんな弱気は、奈落を手にした瞬間に全て消し飛んだ。
この子は私の力を存分に引き出してくれる。
私の剣となり、盾となり、私と共に戦ってくれる。
すぅ―――……、すぅ―――……、
こうして、布団の中にいても―――
それを手にしているだけで安らぎに満たされる―――…………
そして私は一日を終える。
明日からは戦いだ。
ついに私は戻ってきた。
あの女を、この手で斬る為に――――――
そして今度こそ、私の名と、飛鳥を取り戻す。
「おやすみ、奈落―――……」
抱くは真剣
どこまでも研ぎ澄まされた刃を持つそれは
人を斬るために造られた、本物の、殺人剣―――――――――
第72話:帰還
終わり