「だから、急いで女を手配してって言ってるのよ―――!!」
空見刹那と神楽歌織の襲撃を受けた晩、せつらと飛鳥は激しい口論をしていた。
「だから、適当にその辺の女を集めればいいんだろ―――?」
「だから―――それじゃ駄目だって……、何度も言ってるでしょ!!
今の呂久斗には霊門の開いた女じゃないと―――」
神楽歌織に七種いつきを奪還されてしまったため、呂久斗は急遽、代わりの贄を必要としていたのだった。鬼喰らい・座主坊呂久斗はその力を維持するために他人の精気―――生命活動の根源となる力―――を必要とする。
特に肉体を切断されるという大ダメージを負ったため、その補給は緊急を要していた。
しかし普段から呂久斗のことを気にかけるせつらのことが、彼は面白くなく―――……
「聞いてるの? 呂久斗が死んだらどうするのよ!!!」
「俺が知ったこっちゃねーな。
それよりあいつは体を真っ二つに切られたはずだろ?
なんでまだ生きてるんだよ―――?」
「それは―――……、彼が鬼だからよ。
彼は鬼喰らいの………」
「そんな得体のしれないモノを生かしておく必要がどこにあるんだ?」
「今まで彼に散々汚い仕事をやらせておいて、気にもかけないわけ―――!?
要らなくなったらはいお終いってこと―――!?」
「俺が頼んだ覚えはねーよ。
あいつがお前に懐いたって言うから部下として使ってやってるだけだろ」
「………………。
飛鳥……、お願いだから女を手配してよ……。
呂久斗が生きるにはどうしても必要なの。
それも霊門の開いた女を―――。
前から言ってるけど、ちゃんと呂久斗の為の女選びの仕組みを―――……」
「そんなに言うならお前があいつと犯ればいいだろ」
「っ―――――――――!!」
カッとなったせつらは近くにあった花瓶を持ち上げて思いきり投げつける。
無論、彼にそんなものがあたるはずもなく、片手で弾かれ砕け散る。
「馬鹿っ、もう勝手にやらせてもらうからねっ!!!」
「最初からそうしろよ」
せつらは顔を真っ赤にして部屋から走り出る――――――……
彼女は、本当に―――……、一体、自分が何をしているのか分からなかった。
ただ彼と共に、一度でいいから普通の生活をしてみたかっただけだった―――……。
奴隷として扱われ、鬼として朽ちた彼に―――、
たった一度でも、ほんの一時でも良いから、
普通の人間として生きて欲しかっただけだった―――……。
なのに全く上手く行かない。
彼の魂は依然記憶を取り戻さず、空見飛鳥に完全に支配されてしまっている。
『そんなに言うならお前があいつと犯ればいいだろ』
飛鳥の言葉を思い出し、せつらは携帯していた特殊警棒を取り出して、手当たり次第に窓ガラスを叩き割っていった。
「はぁっ―――、はぁっ―――、はぁっ―――、」
あれが恋人に対する言葉なのだろうか。
地上に降りてから、乱交パーティーへ連れて行かれ、
灰刃を始め、もう何人もの男と寝てしまっている。
それが恋人に対してする行いなのだろうか―――……。
空見飛鳥と羅城せつらがスワッピングをしたことは、知ってるけれど―――……、、
でも―――……、、だからと言って、
今更、ユヴィルに肌を許すのはどうしても抵抗があった―――…………
というより、今の彼女では彼の役には立たなかった。
今のラクサラは、羅城せつらであり、その霊門は全て閉じてしまっている。
それは当初、天界にその存在を感づかせない為にすぎず、計画がばれ、ユヴィルが堕天した今となってはどうでもいいことなのかもしれない。
霊門を開き、天界に眠れる自分の魂を喚び起こせば、呂久斗に力を分け与えることなど造作も無いことだ。
けどそれは―――今までの生活が全て無駄だった事を意味する。
いや、本当はもう、こんな生活は終わりにすべきなのだ。
こんな生活を送ったところで―――…………、、、
意味など―――……
でも、
できない……、
あの方の怒りを買ってしまったユヴィルを救うことはもうできない…………
ここで諦めれば彼の与えてくれたチャンスを潰してしまうことになる…………、、、
彼女の苛立ちを加速させる理由はもう一つあった。
それは今日現れた空見刹那の存在に他ならない。
「ううううっ―――……」
彼女は廊下で低く唸った。
消さなくてはならない。
あの女だけは、駄目だ。
全ての計画を頓挫させかねない、危険な存在。
消さなくてはならない。
一刻も早く。
しかし、呂久斗と互角に渡り合った彼女を、人間の部下に襲撃させたところで殺す事などできないだろう……。
が、そこではたと閃く。
そうだ――――――!!
あの娘の両腕は折れたはず――――――!
今なら、今なら、いける―――!!
だめ、だ―――……、
神楽歌織……
あの女が、彼女を護っている―――……
やはり、呂久斗でないと―――……、
ううっ―――呂久斗にもっと力があれば―――……
いや呂久斗が本来の力を発揮できればあんな小娘など―――――――――!!!
そう、今の呂久斗は彼の持つ本来の力を発揮できていない。
事実、小童谷恭兵の禁術で100%の力を発揮した呂久斗は、飛鳥も、七種いつきも、いとも簡単に倒してみせた。
今の呂久斗は鬼喰らい一族その全てを喰らうだけのキャパシティを持っているのだ。
その力が発揮できないのは、普段の生活ではそれだけの精気を補えていないからだ。
折角ユヴィルの器として遜色ない力を備えているのにその力を振るえない。
大量の霊気さえ補充できれば現世に実体を持たないユヴィルも力を発揮できるというのに。
霊気だ―――……、、、
そう、今はただ、大量の霊気が必要なのだ―――――――――
霊気さえあれば、目の前の煩わしい者共を一掃できるのだ!!
でもこの地上で、、、どうすれば―――……そんなことが―――……
これまでは七種いつきという最高の家畜がいたからなんとかなっていたが―――……
霊門―――……
それは外界の事物を認識する五つの感覚―――視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の五感に続く、第六感・霊覚のことである。
しかし99.99%以上の人間においてこの霊門が開くことはなく、もし開いたとしても過酷な訓練なくしては他の五感と同じように駆使することはできない。
そして呂久斗はこの霊門を通して相手の精気を喰らう必要があった。
それは必ずしも霊門が開いている必要はなく、開きかけ、で構わなかった。
簡単に言うと、霊感の強い女とセックスをするのが呂久斗にとって一番の餌になるのだった。
鬼喰らいは自らの血族を<巫女樽>にしその霊力を血晶として抽出して喰らっていた。
そんな仕組みを再び作ることができれば一番いいが、それをこの現代にゼロから構築するにはかなりの時間と労力が必要だった。
それに飛鳥に黙ってそんなことをできるとは到底思えない。
しかし時間がない。
悠長になどしていられない。
これ以上あの娘に干渉されるのはまずい。
今はまずあの女の始末こそが最優先。
霊門がどうのなどと言っている暇はない。
ならば、もう一つの方法を選ぶしかない。
呂久斗が霊門を通さずに霊気を喰らう方法――――――それはとてもシンプル。
直接、人の魂を喰らえばいい―――――――――
人間を殺す
それは最大の禁忌だが
今回だけ
今回だけは――――――――――――
その日、6人の娼婦と、7人のチンピラが、この世から姿を消した。
第77話:贄
終わり