「えっ、あいつ―――、この前歌織さんが斬ったのに――――――!?」



刹那が驚きの声をあげた。



「残念ながら斬れた感触は無かったのよねぇ〜。
 でも―――今度はちゃんと冥土へ旅立たせてあげる――――――」





しかし、二人の前に現れた巨漢は、数日前に見たものとはまるで別人だった。

確かに同一人物、だが、纏っている鬼気は比較にならない。
彼我距離10メートル以上にして物凄いプレッシャーを感じる。

周囲に人を寄せつけない結界を施したようだが、そんなことをせずともこの重圧を感じれば誰も近寄ろうとはすまい。










両腕を負傷した刹那を遠ざけ、歌織が前に出た。



「一つ教えてくれないかしら?
 どうしてせつらちゃんの名前を奪ったの―――?」



歌織がせつらに問う。



「私は与えた名を返して貰っただけだ」


「―――……。
 被造物にはなにをしても許されるとでも?」


「身勝手は承知している。
 最早議論の余地はない。
 私の悲願成就の為―――その娘には死んで貰う」


「悲願って?」


「おまえが知る必要は無い」


「貴女―――、全然万能じゃないのね」


「知れたこと。いけ呂久斗―――」










ドッ――――――











巨漢が忽然と姿を消した。
凄まじい移動速度だった。


呂久斗は歌織を飛び越え、真っ直ぐ刹那へと向かった。
が、その拳を、歌織の神楽―カミクラ―が受け止める。





「ちょっと待ってよ―――、
 もう一つだけ教えてくれないかなぁ―――?」


「なんだ―――?」


「貴女を斬れば―――、せつらちゃんにその名前は戻るのかしら?」


「斬れれば、な」










せつらの答えと同時に歌織が呂久斗の巨体を押し返す。
凄まじい剣圧で巨体を吹き飛ばし、歌織は飛んだ。


彼女の行動もまた直球だった。
彼女はまっすぐせつらの首を取りに行ったのだ。
瞬く間にその間合いを詰め、神楽を振り上げる。





ガツッ―――――――――――――――――――――――――――





が、その刀身は直前に弾かれた。
神楽―カミクラ―と障壁の間に激しいスパークが起きる。

せつらが笑った。



「これは呂久斗の結界だ。
 まずはあいつを倒さなければ、私に刀は届かないぞ―――?」



歌織はすぐに身を翻し、再び呂久斗へと向かう。
刹那は両腕を負傷したまま、全力で逃走していた。
呂久斗の攻撃を避けて地面を転がる。





「うおおおおっ――――――――――――!!!」





歌織が吼える。




切っ先に全てを込め、全力の刺突を放つ―――――――――




受け止めようとした呂久斗の右の掌を神楽が貫いた。
刃は止まらず、そのまま腕を貫く―――、





ガッ――――――――――――





振り下ろされた左腕に歌織は刃を捨てて距離を取った。
呂久斗の腕に突き刺さっていた刀は消え、再び歌織の手の中に。





切り裂かれた巨漢の腕はあっというまに修復され、傷が塞がる。





「グバア”ア”ア”ア”ア”アアアッ――――――――――――!!!」





呂久斗の咆哮が大気を奮わせた。

それは兇悪な衝撃波となって歌織に襲いかかる。





「覇っ―――――――――――――――!!!」





歌織は気合いでそれを打ち消す。





ミシッ――――――――――――





嫌な音と共に歌織が跳ねた。
激痛に顔を顰めながら、体勢を立て直す。





巨漢の動きが見えなかった。





(衝撃波で感覚を狂わされた――――――?)





やられたのは右肩。
利き腕だ。




痛みを押し殺し、感覚を研ぎ澄ます。




もっと、もっと早く反応しなければ―――――――――、敗ける。





「ふっ―――」





小さな呼気と共に歌織の姿が消えた。





ガッ―――ガッ―――ガッ―――ガッ―――ガッ―――ガッ―――





それは凄まじい猛攻だった。

肉薄した零距離での打ち合い。

その動きは右肩を負傷しているとはとても思えない。



彼女の肩の骨は砕けていた。
それでも戦わなければならなかった。



彼女は激痛を押し殺し刀を振るう。





それは弟子を護る為だけの戦いではなかった。


目の前の、化け物は、彼女の、罪、そのもの――――――だった。










『貴女に悲しんでもらう資格なんて、
 私には無いのよ―――、せつらちゃん……』










目の前にいる鬼、それは、鬼喰らい―――座主坊呂久斗―――。

それは彼女が神楽歌織が空見飛鳥にけしかけた刺客。





せつらの命が尽きることを知りながら、





最後まで生きることを強いておきながら、





それがあるべき姿だとしておきながら、





己は早々に諦めてしまった、、





命が見えてしまったがゆえ犯してしまった―――罪。










空見刹那の想いよりも、





空見飛鳥の安全よりも、





己が恨み、





己の復讐を優先させてしまった結果、生まれおちた――――――、鬼。










だから、彼女は斬らなければならなかった。










その手で、鬼を。






























激しい打ち合いに、歌織の肉体が軋む。





呂久斗の攻撃を受けきれず、その体が傷ついていく。





だが、彼女は退かない。
その猛攻は更に疾く、激しく、強く―――――――――



前回は胴体を斬ったにも拘わらず倒せなかった。
今回、貫いた腕は瞬時に修復された。


なら次は首と胴を切り離し、そしてその心臓を貫く―――――――――!!!










グオッッ――――――











呂久斗の拳が歌織の体を貫く―――――――――、





そして、彼女は










空気に溶けた。










放つ―――――――――神武威―――――――――










己の持つ生命エネルギー全て、その刃へと乗せる神楽流最終奥義――――――










5つの霊門開き、その瞬間、彼女自身が一本の剣と成る―――――――――










神剣 神楽―カミクラ―と同化するその奥義は絶対防御不可能―――――――――






























せつらが口元を歪めて笑った。





喰らえ・・・――――――」




















神の名を借るその刀は、己の魂を力に換え、超絶的な破壊力を生み出す。





歌織の剥き出しの魂が、鬼の肉体を斬り裂く。





が、相手は魂を喰らう化け物、座主坊呂久斗。





本来、いかな魂を喰らう物の怪であろうと、神武威を受け切ることなどできなかっただろう。





しかし、座主坊呂久斗―――、それはもはや人でも鬼でもなかった。





その中には悪魔が潜んでいた。





ただこの時のために幾重もの策を弄してきた悪魔―――ユヴィル。





神武威の直撃を受け、瀕死のダメージを負いながら――――――





巨漢は嗤っていた。




















(これほどまでとは―――――――――)


その凄まじい神武威の輝きに、せつらは震撼していた。
思わず体の火照りすら感じた。

霊門を閉じていてなお感じる、凄まじい、霊気。

しかし、それこそ吉兆。

神楽歌織―――この者の魂さえ喰らえば、もはや呂久斗に敵は無い。
両腕の折れているあの娘など、話にもならない。



これで終わる、全てが終わる。




















歌織の魂が










喰われていく――――――――――――





















ドガッッッ――――






















突如、横合いの攻撃に巨漢が吹っ飛んだ。





「ぐっ―――!!!」





闖入者の右足を歌織の剣が切り裂く―――――――――










転がる呂久斗





離脱する歌織





唖然とするせつら





傍観する刹那――――――




















呂久斗の巨体を蹴り飛ばし、歌織の危機を救ったのは、舞い戻ってきた空見飛鳥だった。



















































: : : : :

: : : : :

  - NEXT ->
― ―― ―――――――――――――◇――――――――――――― ―― ―
<- BACK -  

: : : : :

: : : : :