「飛鳥っ」
「飛鳥っ」
せつらと刹那の声が重なる。
飛鳥はせつらへと向き直った。
「退けっ、せつら―――!
こんなことをしろと言った覚えはない」
「勝手にすると言ったはずよ。
飛鳥こそ邪魔しないで!!」
「退け、と言った」
「飛鳥こそ退いて! お願い、お願いだから―――!」
「三度目だ―――。
せつら、その化け物を退かせろ―――。
帰るぞ」
「駄目よっ―――!!! その娘だけは、ここで―――……!!!
呂久斗ッ―――――――――」
せつらの言葉に呂久斗が飛ぶ、刹那へと向かって繰り出す拳を飛鳥が受け止めた。
「退かないというのなら、俺が相手になるが―――?」
「飛鳥、馬鹿なことはやめて!!!
ねぇ、分かってるでしょ―――……、貴方は呂久斗に勝てなかった……。
今の呂久斗は―――強いわ―――……」
「あの時は、な。
前回は磯姫との共闘を逃したが、今回は歌織さんがいる――――――」
その言葉に歌織は唖然とし、それから肩をすくめた。
「残念だけど信用できないわ―――。
後ろからばっさりなんてごめんだもの―――……」
共闘を申し出た飛鳥ににべもない拒否。
「歌織さんっ―――!!」
その答えに刹那が叫ぶ。
その声は悲痛に満ちていた。
「ううっ、うううっ―――、、、」
突如、刹那が体を震わせた。
「うううっ、ううううっ――――――――――――」
刹那が腕を振るわせる。
低い呻り声を上げながら、俯き、震える。
彼女の突然の異常な様子を、皆、怪訝そうに見ていた。
「ううううう―――――――――――――――っ!!!!!」
彼女のしようとしていることを理解した歌織は戦慄した。
まさか、腕を治すつもりなの――――――!?
「うううっ、うあああああああああああああ―――――――――
っっっ!!!!!」
刹那は咆えると無理矢理包帯を引き千切り、添え木を放り投げた。
芝生の上に転がっていた、奈落―ナラク―をその手に掴み、
そして――――――
刹那は嬉しそうに飛鳥のとなりへと並んだ。
歌織は神楽―カミクラ―をしまい、ふっと小さな溜息を吐いた。
そして戦線から離脱する。
彼と共闘したい―――、彼と一緒に闘いたい―――、
その機会を絶対に逃したくない―――、
その想いだけで―――あの子は―――……
歩きながら彼女の口元は笑っていた。
刹那の馬鹿馬鹿しいほど一途な想いにあてられてしまったのだった。
歌織自身、先ほどああは言ったものの、彼の弟との共闘に魅力を感じていないわけではなかったし、彼の言葉を信用していないわけでもなかった。
ただ、彼女はもう、戦えなかったのだ。
傍目からはそうは見えないがその実、彼女の肉体は、精神は疲労困憊――――――、
既に限界に達していた。
全力での奥義を放ち、その魂を喰われかけたのだ。
彼女の裡を凄まじい虚無感が襲っていた。
彼女はただ、その気力だけで、辛うじて立っているのだった――――――。
いや、事実、彼女を立たせていたのは恐怖だった。
それは彼女が生まれて初めて感じる恐怖。
得体の知れぬ漠然とした、しかし確然たる恐怖。
相手も化け物なら、こちらも最早人ではない。
これはもう人と人との戦いではない。
もう、何が起きるか―――、分からない―――――――――
「ふざけないでっ、飛鳥―――!!!」
せつらが叫ぶ。
彼の魂を持った空見飛鳥と、自分が名前を奪った空見刹那が並んで牙を向けている。
それは彼女にとって一番見たくない、まさに悪夢のような光景だった。
「ふざけてなどいない。それに俺はそいつには借りがある。
今までは人としての輪郭を失うのが怖かったが―――……、
この機会に、この力、限界まで試してみるか――――――」
「ぐううっ―――!!!」
せつらは歯ぎしりし、その両手を握りしめた。
あまりに思い通りにならない、何かもが自分の意にそぐわぬこの現実に、耐え難い苦痛を感じていた。
怒りが心頭に達したとき、彼女はようやく落ち着きを取り戻した。
いいわ、闘わせあげる。
空見飛鳥―――、その力を存分に発揮するといい。
もっともっと溺れるがいい。
もとよりお前の意志など要らぬ、
喰われてしまえばいい、鬼の力に―――――――――!!!
「呂久斗、全力でいきなさい。
あの娘を殺せたら、一晩だけあなたの相手をしてあげる」
せつらが妖艶に笑った。
「グオオオオオオオオオオオオオオッ――――――!!!」
鬼の咆哮に大地が揺れた。