鬼の咆哮――――――
呂久斗から放たれる凄まじい鬼気に、それだけで飛鳥と刹那の肉体が縛られる。
「うおおおっ―――――――――!!!」
が、二人は気合いでそのプレッシャーを弾き飛ばす。
それだけで既に奇跡と呼んで差し支えなかったかも知れない。
もし一人だったら確実に恐怖に支配されていただろう。
歌織の魂を喰らった呂久斗の鬼気はそれ程までに跳ね上がっていた。
二人であることがその心を強くしていた。
互いの力を増幅させていた。
ドッ――――――――――――
巨漢が跳び、同時に飛鳥と刹那も動く。
歌織の神楽―カミクラ―にズタズタに切り裂かれたはずの巨漢の肉体は既に治っている。
相手は化け物
人間ではない
(斬る――――――――――――!!!!)
刹那が奈落の柄を握りしめる。
完全に人間離れした化け物との闘いにおいて―――、恐怖は微塵にも感じなかった。
だいじょうぶ。
前回の戦いとは違う―――、今は大地がある、
そしてとなりには、飛鳥がいる――――――!!!
「うおおおおおおっ――――――――――――!!!」
既に拳を合わせた飛鳥と呂久斗に、刹那はその足元に滑り込む。
その踵に振り斬り―――、
ガッ―――――――――!!!
刃が通らない。
「なっ―――!?」
有り得ない―――……、下段攻撃に反応された刹那は地面を転がる。
巨漢の動きは把握している。
飛鳥と組み合って両腕は塞がっているはずだった。
「うおおおおおっ――――――!!」
飛鳥がその力を解放するが、明らかに押し負けている。
その顔を苦痛に歪ませる。
まるで組み合った腕から恐怖に侵されていくような感覚。
まるでかつての羅刹と相対するような―――あまりに圧倒的な―――、
隣に刹那がいて、尚――――――、
ゴッ―――――――――、
その腹部に凄まじい一撃を受け、飛鳥は吹き飛んだ。
喧嘩慣れしたバトルセンスで最大限に威力を消したが、そのダメージは内臓まで届いている。
だが今驚くのはその威力に対してではなかった。
「なにっ―――……!?」
驚愕する、刹那、飛鳥、歌織。
笑うせつら。
呂久斗の輪郭が歪んでいた。
刹那が肉薄し、斬撃を繰り出す。
残像を残す猛撃に呂久斗は完全に反応していた。
通常、素手と刃物との戦いでは刀を持った者が絶対的優位に立つ。
しかし、その刃が通らないとなれば話は別だ。
むしろ両腕で一本の刀を操る刹那に対し、巨漢は二本の腕がある。
さらにその腕は、二人のリーチ差すら埋めている。
その二本を完全に塞ぐ刹那の猛攻こそ凄いが、彼女には目的があった。
見極めなければならない。
刹那は更に攻撃の速度を上げる。
奈落―ナラク―は男の肌を斬ってはくれないが、折れないでいてくれている。
だから信じる。
そして飛鳥も。
飛鳥は邪魔な上衣を破り捨て、その筋肉を鉄へとかえて突撃する。
殴り合う。
飛鳥と刹那の猛撃を受け――――――
そして現れる―――、第3、第4の手。
ガッ―――、ガッ―――、ガッ―――、
飛鳥は背後からそれと組み合い、飛んでその脳天に膝を落とす。
渾身の一撃。
が、ダメージを与えた様子はない。
与えた威力が化け物なら、それを受けるのも化け物。
「グア”アアア”アア”ア”ア”ア”アアッ――――――――――――!!!」
呂久斗の全身から放たれた鬼気に二人は距離を取った。
遠く、鬼気を受け流しきれなかった歌織ががくりと膝をついた。
「はぁ、はぁ、はぁ、完全に化け物だな、ありゃ……」
「うん」
息の上がっている飛鳥に対し、刹那の呼吸は乱れていない。
化け物―――そう、確かに呂久斗の動きは生物の構造的におかしかった。
目に見える腕は二本。
しかしまだある。
その輪郭を崩し現れる第3、第4の腕。
それはまるで悪魔の手とでも表現したくなるほど、真っ黒な闇に染まっている。
ドッ―――――――――
ドッ―――――――――
ドッ―――――――――
ドッ―――――――――
ドッ―――――――――
「ぐあああっ―――――――――」
呂久斗の放つ衝撃波を見切れずに飛鳥が地を転がる。
「飛鳥っ―――!!」
叫ぶ刹那の首に呂久斗の手が伸びた。
刹那はその腕の下から奈落を突き上げ、男の腹を蹴り上げて後方へと逃れる。
体重差からではびくともしないはずの巨体が揺らぐ。
が、その腋から二本の腕が伸びて刹那の足を捉えた。
途端万力で締め上げる。
握りつぶされてしまいそうな激痛の中―――、
刹那は腕を伸ばして地面を叩き、その反動で巨漢を空へと振り上げた。
絶対的体重差からそんなことは有り得ないはずだが、その有り得ない動作が、今の刹那には可能なのだった。
すぐに地面を蹴り上げ、渾身の奥義を放つ。
「鬽神楽――――――!!」
鬽神楽の直撃が、落下してきた呂久斗の巨体を一気に上空へと押し上げる。
着地した刹那は両の脚で立つと、奈落を頭上へと突き上げた。
(お願い、私に力を貸して―――――――――!!!)
かつて感じたことのない熱い大地の奔流が彼女に流れ込んでいた。
彼女の細胞の一つ一つが極限まで活性化していく。
溢れ出る氣が、大地から集めた膨大なエネルギーが、それら全てが、
奈落へと集まっていく―――――――――。
放つは神楽流剣術最終奥義―――神武威
霊門も開かず、神剣も持っていない。
が、刹那の剣には大地の力が宿っている。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――――――!!!」
頭上から降り注ぐ衝撃波に耐え、刹那は立つ。
少女は大地に両の足で立ち、待つ。
鬼の堕ちてくる、その着地点には奈落――――――――――――
が、鬼はぴたり、と中空でその動きを止めた。
重力に引かれ落下する巨漢の背に黒いものが広がった。
それは決して人が持つはずのないもの。
漆黒の翼。
刹那の剣が、届かない―――――――――
が
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ―――
――――――!!!!」
飛鳥はさらにその上を跳んでいた。
空中で制動をかけた鬼の頭上から、飛鳥が渾身の一撃を打ち込み、
鬼の心臓を奈落が貫いた――――――――――――
刹那はそのまま奈落を振り抜き、巨漢の心臓から股間までを引き裂く。
どっっと、巨体が地面を打った。
着地した飛鳥は刹那の手から奈落を取ると、倒れた巨漢の首元へと振り下ろした。
かつて貴女が
羅刹の魂を持つ私を愛して下さったことを
私は今も、昨日のことのように覚えていますよ―――……
「ユヴィル…………」
呟いたせつらの声は、絶望に満ちていた―――。