「終わった、か……?」
飛鳥から奈落を受け取り、刹那が頷く。
二人が振り向くと、せつらは地面に座り込んでいた。
蹲ったせつらに飛鳥が近づく。
その後ろから刹那も。
「せつら―――、教えてくれ……、
彼女から名を奪ったというのは本当なのか?
君は本当は、羅城せつらじゃ、ないのか……?」
「お願い、私の名前と飛鳥を返して―――……」
「…………、、ふふっ、はははっ……あははっはっ―――……」
突然笑い出したその喉元に、刹那が奈落を突きつけた。
飛鳥が止めようとしたが、刹那は退かない。
せつらは顔を上げて、飛鳥を、その瞳を真っ直ぐに見つめる。
その瞳には涙が浮かんでいた。
その悲痛に満ちた表情に飛鳥と刹那が動揺する。
「タツ―――、
お前がいつまでも私を思い出してくれないから―――…………、
こんなことに―――……」
「タツ……?」
「お前の持つ魂だよ、空見飛鳥。
お前も感じていたはず、私たちは一つだと―――……」
「ああ、感じていた……。
お前と俺とは一つだと……。
だから、俺にとってお前は羅城せつらに間違い無かった……。
そう思ってはいたが……、どうしても―――…………、、
でも、違ったんだな―――……。
お前は、本当は、せつらじゃ、無かった…。
お前を恨めしく思う気持ちは無い、が―――……、、、
愛したい女を素直に愛せないことから受けるストレスは甚大だった」
「…………」
「せつら―――……、
なあ、もし、君が彼女の名前を奪ったと言うのなら、
名前を返してくれないか……」
長い、沈黙。
「ははっ……あははっ…………、、、
どいつもこいつも―――…………、
本当のことを忘れて、
本当におめでたい連中ばかりだよ―――…………
私とて忘れられるものなら忘れたかった!!
この辛い記憶を閉じ込めた
――――――――!!!
何度もっ、何度もっ、
何度もっ――――!!
でも―――……、、
でも、思い出してしまう、
思い出してしまうんだよ―――…………
彼を―――、
鬼になってしまった彼を、
なのに―――……
お前らは―――……、、、」
せつらは再び顔を上げた。
そして自分へ切っ先を突きつけてる刹那へと、顔を向けた。
「空見刹那―――、お前、一度、記憶を失っているだろう?」
「―――――――――!?」
その言葉に、刹那は激しく動揺した。
記憶の喪失。
それは彼女にとってあまりに大きい、心の間隙。
それは飛鳥への愛という確固たる想いに存立する彼女の―――、根底を揺るがす。
「お前は以前、御巫みことに愛を誓ったはずだ。
それを忘れて、この男に現を抜かすのはいかがなものか?」
涙を流し、怨念のように紡がれる少女の言葉が―――、刹那の心に突き刺さる。
「忘れられたものの悲しみを思い知らされるだけの理由が、
お前にはあるんだよ、空見刹那」
せつらの吐く言葉が、まるで呪詛のように刹那の心を浸食していく。
「そん、なっ………………」
「思い出させてやろうか―――?
私の力で。
現世の記憶程度なら、造作も無い。
それでも尚、この男を愛していると、言えるのか――――――、見物だな」
せつらの肉体が仄かな燐光を放つ――――――
「ユヴィルも失い、タツにも忘れられ―――、最早私の帰る場所も無い―――。
もう、いい…。
私は私の力を取り戻そう―――、
せめて、私の望みを潰えた、憎き徒輩を道連れに―――――――――」
目の前で蹲ったままの少女から発せられる凄まじいプレッシャーに、飛鳥と刹那は微動だにできなかった。
奈落を突き出したままの刹那の腕ががくがくと震える。
そして―――二人の目の前で、
女はゆっくりと腰を上げた。
凄まじい恐怖に気圧され、刹那は奈落を突き出した。
ガツッッ――――――!!!
目の前の女は素手で奈落を掴み―――、
そして―――、
美しい黒い刀身はぼろぼろと崩れていった。
立ち上がった少女は―――……、
そこに立っていた女は、
もう、羅城せつらでは無かった。
「我が名はラクサラ―――――――――――――――」
凄まじい霊圧に、刹那は地面を転がった。
第78話:死闘
終わり