辛党の内海は見ているだけで胸が悪くなってきたのか、口元を引きつらせてもっと早くに聞いておかねばならなかったことを口にする。
「で、聞くだけ無駄だと思うが、遅刻の言い訳は」
 長い付き合いで、理由など一つしかないことを、内海も斉木も知っている。言ってみればお義理で聞いたようなものだ。
 そして。
「寝坊した」
 あっさりと、加納は答えた。すると、フォークを握り締めたまま、斉木がテーブルになつく。
「またかよ〜。俺達が何で藤枝まで来たと思ってんだ」
「俺が、遅刻するからだろう」
「分かってんならするなっ」
 内海と斉木にステレオで怒鳴られて、加納はさすがに落ち込んだ表情になる。もちろん、それも内海と斉木だから分かる微妙な変化だったが。
「一応、目覚ましは仕掛けているんだが、朝起きると、必ず止まっているんだ」
 そう呟く様は、捨てられてしまったハスキー犬のようであったが、対する二人はそれで哀れを催すような、繊細な神経は持ち合わせていなかった。むしろ、目覚ましできちんと起きる内海と、目覚ましよりも五分は早く目が覚める斉木にして見れば、寝起きがすさまじく悪い加納は一種の人外である。
「んなの、自分で止めてんに決まってんじゃん」
「加納、それ目覚まし、枕元に置いてんの」
「起き上がらないと手が届かない机の上に置いてある」
「ってことは、一度起き上がって、止めて、もう一度寝てる訳?」
「最悪。つける薬がねえな」
「それでいつも練習はどうしてんだよ」
「いっくら帝王だって、キャプテンが毎日遅刻って訳にはいかねえだろ」
「いつもは、家族が起こしてくれるんだが、たまたま今日は誰もいなくてな」
 詰め寄られても、小憎らしいほど普段のペースを変えない加納に、二人はまとめて一ダースほどの匙を投げた。実際の所、ペースを変えたくても変えられないと言うのが正解ではあろうが。加納のとてつもなく不器用な性格を熟知している二人であったが、気にするタチでもない。気にしていたら、話が一歩も進まないことも、またよく知っている二人であった。
「加納、起き上がるとかじゃなくて、いっそ布団から出なきゃ止められない所に置いといたらどうだ?」
 斉木の提案の尻馬に内海が乗る。
「そうだそうだ、一度布団から出て歩いて止めにいけば、起きるしかねえだろ」
「…やってみよう」
 加納はそううなずいて、
「『ミルクレープ』のケーキセット追加」
 と、通りすがりのウェイトレスに言った。



 全く反省の色が見られないと、内海と斉木に雷を落とされたのは、言うまでもない。




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