久保は、神谷の過去を知らない。
 それは分かっていても、こう次々と初めて聞く神谷の過去と言うヤツは、久保を苛立たせた。それが、次から次へと出てくるとなれば尚更だ。
「…街の方で、大分ケンカとか、してたみたい。それこそ中学の時から高校生相手とか…負けたことは、なかったみたいだけど」
 赤堀はいつにもまして言葉を慎重に選ぶように話した。久保の視線を避けるようにそっぽを向いたまま、大塚が付け足す。
「補導されたこともな」
「それが、何だよ」
 久保の声が雷雲を孕んでいた。帰国子女である久保には、いまいち細かなニュアンスが理解できない。
 ただ、神谷がよく思われていないことだけはひしひしと伝わってきて、次第に表情が険しくなってくる。
 今更、そんな昔のことを蒸し返して、何を言うつもりなのか。
 自分に向けられたものならともかくも、神谷に対する難癖は一つたりとも許す気のない久保である。
「だから、ケンカで補導なんかされたら一発で、連帯責任で部活なんかおじゃんだ」
「あ…」
「まあ、今回は大義名分があったみたいだからしょうがないけど、これからは気をつけてね」
 赤堀にやんわりと釘を刺されて、久保はばつの悪い表情になる。
 いいか悪いかは別にして、それが現実だ。
 掛川で全国を目指す、と言う夢にみんなを引きずり込んだのは久保と神谷なのだから、当の本人がケンカで補導されて大会が出場禁止になどなってしまったら、洒落にもならない。
「悪い…」
 本当を言えば、久保の事情で神谷にケンカをさせたのだ。とがった気配は消え失せ、久保はうなだれる。
 神谷だけでなくチームにも、久保の一身上の都合で迷惑をかけた事を理解したからだ。
 ただ、ケンカの本当の理由は神谷に口止めされて、誰にも言っていない。
 赤堀と大塚はちゃんと察してくれているようだが、こんなところに神谷に対する誤解の種があることも、久保は何となく理解した。
「有名なんだよ、神谷の下駄箱にはラブレターじゃなくて呼出状が毎日入ってるとかよお」
 大塚の声は、怒っているのと呆れているの中間のような、複雑な響きだった。
 続く赤堀も、さらりと凄いことを言う。
「僕は、20人だか30人だか一度にのしたことがあるって聞いた」
「えー、神谷が一人で?」
 さすがに凄まじい話に、久保が身を乗り出した、その瞬間。





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