パンツ一丁の神谷など見慣れている実花ではあるが、思わず今日は視線をそらせてしまった。
しかし神谷は構わず、実花の向かいにドカッと腰を下ろす。そして新聞のテレビ欄を広げ、実花に断りもなく番組をスポーツニュースに変え、それから、
「お、ビール忘れた、ビール」
と、ドタドタ駆け出していき、またドタドタと戻ってくる。
そしてプルタブを上げて、スポーツニュースに熱くなりながら、ビールをかっくらうその姿はどこからどう見てもオヤジ以外の何者でもない。
しかし、そんなのははるか昔からなので、今更実花は気にしない。
例え、何を忘れたの足りないのと、どうして一度で済ませられないのかと思うほど腰が落ち着かず、バタバタ足音を立てて出入りを繰り返しても、その間、上着を着ようともしないのも、はっきり言って慣れっこである。
その昔、神谷の部屋にクーラーがついていなかった頃、真夏に熱いからと言って、パンツ一枚で廊下に寝ていたことさえある――風通しのよい廊下が家の中では一番涼しかったのである――兄だから、この程度のことで堪忍袋の緒を切らせていたら体が持たない。
だが。
しかし。
今日と言う今日はどうしても我慢ならなかった。
「お兄ちゃん!」
新しいビールを取りに、立ち上がろうとした神谷へ、実花がかわいらしい顔を般若に変えて怒鳴りつけた。
「あぁ?」
「もうっ、いい加減にしてよっっ。いつまでもいつまでもそんなパンツ一枚でうろうろしてっ!」
いきなりの剣幕に、神谷は目をすがめて立ち上がりながら言い返す。
「いつもの…」
「そうよっ、いっつも我慢して来たわよ、私はっっ」
こともあろうに神谷の言葉じりを実花はひったくった。
他の誰が見てもビビる図であろうが、それは妹の特権だ。
「別にね、パンツ一丁でウロウロしてるのが悪いなんて言ってる訳じゃないわよ、私はっ」
「何だよ、お前…」
「悪いのはねっ、そのパンツよっっ」
と、実花は片膝立ちになっているために、テーブルの向こうにわずかにのぞく、神谷のトランクスをビシィッと指した。