芹沢が追いつめられたその理由は、はっきりしている。 だが、それは万人の目に明らかだとは言いかねるのが、芹沢の不幸の始まりであったかもしれない。 芹沢は一昨年、移籍をした。 J2から昇格したばかりの若いチームへの芹沢の移籍は、世間には驚きをもって迎えられた。 何故、日本代表不動のFWである芹沢が、そんな来期もJ1に残れるかどうかすら怪しいチームに移籍するのかと。 無論、その裏にはややこしい事情がある。 本来であれば、芹沢は海外移籍を果たしているはずだった。 半ば以上が宣伝である、スポンサー付きの移籍ではない。実力を認められた上での待ちに待ったオファーであった。 代理人を通じての交渉もほぼ順調に進み、後少しで合意に達するその時に、横槍が入ったのだ。 本来であれば身内であるはずの、日本サッカー協会によって。 現時点で最大のスター選手である神谷は、海外と日本を行ったり来たりしており、田仲らは海外に完全移籍して久しい。 その他、芹沢に近い世代でめぼしい選手の半数は、海外への移籍を果たしていた。 協会としては、これ以上のスター選手の国外流出は、国内リーグの衰退を招くと判断したらしい。 形振り構わぬ、芹沢の意思も、誇りも、何もかもを踏みつけるやり口だった。 斉木さえ、その頃のことを思い出すと未だに吐き気がする。 芹沢や、芹沢に近い人間の、身に覚えの全くないスキャンダルや誹謗中傷が記事という形でスポーツ新聞や雑誌を彩った。 それまで芹沢を持ち上げ続けたマスコミは完全に手のひらを返し、世間もそのアジテーションに乗った。 ネットでも、あることないことえげつないことを面白おかしく書き立てられた。 そうなってしまうと、それまでの行いが悪かったということもあるが、誰も芹沢の真実の訴えにも耳を貸さなくなった。 そうして、世間の目が目くらましのスキャンダルに奪われている間に、オファー自体はけして世間の目には触れない形で全て握り潰された。 そう、全てがなかったことになってしまったのだ。 そうして、芹沢は海外移籍の道を完全に断たれた。 海外からのオファーが全て消えた時点で、芹沢の周辺のスキャンダルも全て消えた。 移り気な世間は、報道――と言うレベルの内容ではなかったが――が消えれば、あっという間に関心を失い、そのスキャンダル禍さえなかったかのようだ。 だが、芹沢に心の傷は残っただろう。 その傷の深さは、斉木にも推し量ることは出来ない。 場合によっては、その時点で芹沢が潰れてしまったとしても、不思議ではなかったはずだ。 しかし、芹沢は負けなかった。 少なくとも一度も膝を屈することはなかった。 そして言った。 『自分の力を知りたいんです』 それは、本心であったろうと、斉木は思う。 そして芹沢は、その年若いチームへ移籍を決めた。 移籍初年度は不調ながらもかろうじて降格は免れた。 しかし昨シーズン。 ちゃんと芹沢中心のチーム作りをしたはずだった。 だが、歯車は最後まで噛み合わなかった。 1年を通じて、芹沢のチームは低迷し、昨シーズンはとうとうJ2への降格を余儀なくされ、芹沢は日本代表からも外された。 芹沢は降格の戦犯としてチームの矢面に立たされた。 鳴り物入りで入団した芹沢に責任が問われるのは当然のことではある。 当然芹沢もチームの全てを背負う覚悟であったはずだ。 芹沢を責めるサポーターの声に芹沢は頭を下げたが、卑屈になることはなかった。 『すぐにJ1にとって返しますから』 そう言って、芹沢は自信に満ち溢れた顔で笑った。 そして、チームに入って3シーズン目の今年。 斉木も歯車が噛み合うことを期待した。 だが、今シーズン開始早々2連敗、その後も振るわずJ2で5位に低迷している。 昇格の可能性はまだなくはないが、正直苦しいポジショニングであり、また、このままでは更に順位を下げることはあれ、上げることは難しいと思われるほど、チームとして機能していない。 芹沢の実力がJ2ではあまりにも群を抜いているがために何とか5位しがみついているが、芹沢を完全に封じ込められた試合は全て負けている。 ――芹沢の実力が、チームの実力に釣り合っていないのだ。 例えてみれば、芹沢は巨大な歯車だ。その他のチームメイトは、まだ小さな歯車ばかりだった。 大きな歯車と、小さな歯車が噛み合わず、大きな歯車一つで全てを動かさなければならない状態が、今のチーム状態だ。 どれほど立派な歯車も、あるべきところになければ実力を発揮することは出来ない。 もちろん、芹沢もその実力差を少しでも縮める努力はしていた。 まるでコーチのように指導にもしていた。 だが、芹沢とチームの努力は、今のところ結果につながっていない。 むしろ、時を経るにつれて、チームはバラバラになっているように見える。 |