一度だけ、芹沢が弱音を漏らしたことがある。
『俺の言ってることって、分かりづらいですか?』
 多分、そう言ったのは無意識だったのだろう。
『いや、別に』
 斉木が答えると、芹沢は驚いた顔をして斉木を見た。
『どうした?』
 しかし、斉木が尋ねると芹沢は顔を歪めて笑った。
『んー、何かね、俺の言葉は、通じないみたいなんですよ』
 泣きそうな顔だった。
 多分、芹沢は自分でも何を言っているのか分かっていない。
 きっと一生分からないだろうと思う。
 だが、斉木はすぐに分かった。
 それは、サッカーにおいて芹沢は天才で、斉木は秀才だからだ。
 斉木は、芹沢の言うことが分かる。理解できる。
 それは斉木の知りあいには、幸か不幸か加納を始め、天才と太鼓判を押される人間が結構な数がいて、彼らを追いかけて斉木が一流と言われるレベルに達するまで必死で努力を続けたからだ。
 だから、芹沢が天才が故に出来てしまうことを気軽に言っても、斉木は、理解することは出来る。
 だが、斉木は秀才だから、理解は出来ても芹沢の言うことを実現は出来ない。
 天才にしか出来ないことだからだ。
 だが、天才とっては普通に出来てしまうことだから、他の人間がどうして出来ないのか、分からない。
 そして今、芹沢のチームには芹沢が天才ゆえに無邪気に言ってしまう言葉を、理解することが出来る人間すらいないのだ。
 ために、チームメイトは芹沢に対する不信感を募らせている。
 チームが時を追う毎にバラバラになっていくのはそのせいだ。
 お互いを信頼できなければ、戦術もテクニックもへったくれもない。





 それが、斉木には分かる。
 しかし、芹沢には分からない。
 繰り返しになるが、芹沢は天才だからだ。
「順風満帆すぎる人生ってのも、困ったもんだよな」
 斉木は溜め息をつく。
 芹沢クラスの突出した選手が一人いれば、場合によっては全国優勝すら考えられる中学までとは違い、高校以降で勝ち続けるにはそれなりに、チームとしての完成度を求められる。
 しかし、考えてみれば、芹沢は高校以降で組んだ指令塔の最低レベルがあの内海なのだ。
 超短期間で抜けた大学はともかく、プロに入ってからは神谷と組んで。
 こんな恵まれた巡り合わせはまずはない。
 内海は斉木以上に努力を重ねて今の地位をもぎ取った男だ。努力を売り物にするのは嫌いな性格だから、口が裂けてもそんなことは言わないけれど。
 その上に、やはり加納と言う天才を間近で見てきた。芹沢が天才ゆえの無茶を言っても、難なく理解できたはずだ。
 神谷に至っては、下手すれば向こうが芹沢を上回る。
 こんな連中と組んできた芹沢は、それが自ら望んで引き寄せた結果だったとしても、相当の強運をも持っていたと言える。
 普通なら、望んだって叶うまい。
 だが、それゆえに、芹沢は今のチーム状態が理解できない。
 どうして自分の言葉が伝わらないのか、分からない。
 チームメイトには距離を置かれ、サポーターもマスコミも低迷の原因を芹沢一人に求める。
 本来であれば、監督なりコーチなりがつなぎの役割を果たすべきなのだろうが、どうやら監督やコーチまでもが、芹沢に疑いの視線を向けているようだ。





 芹沢は、生まれて初めて天才ゆえの孤独に直面している。





 ハーフタイムプレイヤーと言われた高校時代、だが、それは芹沢一人の努力でどうにかできるものであり、芹沢は一人でそれを乗り越えた。
 しかし、今の事態は芹沢一人で乗り越えられる性質の問題ではない。
 天の高みしか知らない芹沢と、チームメイトをつなぎ、チームを纏め上げられる存在が必要なのだ。
 芹沢自身にも、チームリーダーとしてのリーダーシップはない訳ではない。強烈なリーダーシップを備えていた内海の抜けた清水学苑を、まとめたのは芹沢だ。
 が、チームメイトから信頼してもらえない今は、そのリーダーシップを発揮することも出来ない。
 それが、芹沢には分からない。
 何もかも恵まれすぎたがゆえの、悲劇である。










 斉木は、隣で眠る芹沢の髪に触れ、そっと撫でる。
 芹沢は目を覚まさない。
 そうして、斉木は呟く。
「俺が守ってやる」
 その誓いを、芹沢は知らない。







PREV


NEXT






■ Serisai-index ■

■ site map ■