I guess I always thought you would stay
Making it right
No matter the time
Never missed till it's taken away
And you're alone in the night...alone in the night





 芹沢への電話がつながらない。

 いつかけても留守電だ。
 忙しいのだろうか。
 いやそもそも、芹沢は忙しい男なのだ。
 試合もあれば、練習もある。その上、芸能活動などと言うアルバイトまである。
 それなのに、あれだけ自分の為に時間を割けば、どこかで反動が出てくるはずで。
 輪をかけて忙しくなったとしても、不思議はない。
 そう思うと、次第に電話もかけづらくなった。
 最初は日に3回ぐらいかけていた電話も徐々に減り、今日に至ってはまだ一度もかけていない。
 と言うのも、今日は『お迎え』の日だったからだ。
 斉木は、疑いもせず大学の正門で待っていた。

 待ち始めて、すでに1時間。

 さすがに、斉木も焦り始めた。
 おかしい。
 アウェイで遠征でもしていれば話は別だが、今日はホームのはずだ。
 ホームの日に、今まで斉木よりも芹沢の方が遅かったことなどなかったのだ。
 斉木が、ちゃんとミーティングとか、出ているのか心配してしまうほど。
 そのことを注意すると、
『説教より、迎えの礼を言う方が先でしょうが』
 などと、芹沢一流の皮肉な口調で言われたものだ。
 その時は、怒ったりしたものだが。
 現実にこんな事態に直面すると、その通りだと思わざるを得ない。
「……もしかして、今の俺って、バカ?」
 口にするまでもなく、大バカヤロ様以外の何者でもない。
 まるで当たり前のように、こんなところで待っている。

 ――何の約束をしていた訳でもないのに。

 ドクン、と、心臓が鳴った。
 約束など、したことはなかった。

 ただの一度も。

 斉木は大きく身震いをした。
 膝が小刻みに震えている。
 冷たい手に、心臓を捕まれたような気がした。
 今まで、迎えに来ていたのは、ただ芹沢の意志だけだ。
 だとしたら、今日、迎えに来ていないのは――。
 斉木は頭を大きく横に振って、思考を止める。
 そのまま、足を前に出す。
 とにかく、部屋に帰ろう。
 全てはそれからだ。
 そう、自分に言い聞かせる。
 そうでなければ、自分の足で立てなくなってしまいそうな気がしたから。



 何とか部屋に辿り着いて、斉木は携帯以外の荷物は玄関先に放り出し、テレビのある部屋へ入る。
 テーブル代わりのこたつの上に置きっぱなしになっていたリモコンを取り、ニュースをつける。
 ちょうど、スポーツニュースの時間だった。
 だが、斉木は画面を見ることなく、携帯で芹沢の電話番号を呼び出す。
『……の芹沢選手が……』
 ガバッと、音がする勢いで斉木は顔を上げた。
 テレビは、その瞬間を映していた。
 斜め後ろからスライディングタックルを受けて、ピッチに倒れる芹沢の姿。
『…このプレイで芹沢選手は右足首を痛め、現在病院で医師の診察を受けているそうです』
『心配ですねぇ』
 形ばかりのセリフが、斉木の前を素通りして行く。
 無意識に通話ボタンを押していた。
 しばらくコール音が鳴り続けて、それから、つながった気配。
「もしもし、芹沢、俺だけど」
『メッセージのある方は…』
 確認もせずにしゃべり出したが、答えたのは作り物の女の声だ。
 病院に行っているなら、当たり前のことかもしれないけれど。
「どうしよう…」
 病院の名前はニュースでは言わないから、分からない。
 いや、分かったところで行く訳にはいかない。チームの関係者がいるはずだ。そんなところへ自分なんかが顔を出したら、言い訳が立たない。
 マンション――に行けばいいのか。
 部屋の鍵は渡されているから、いくらだって出入りは出来るし、行けば、何かしら出来ることはあるだろう。
「ど、どうしよう…」
 斉木は熊のように部屋中をうろうろして、まず、愛用のドラムバッグを引っ張り出す。
 それから、部屋中をひっくり返して、着替えの類をかき集め、バッグに詰めた。
 普段からそれなりに整理した部屋だから、そんなにひっくり返す必要などないはずなのだが。
 しかし、ファスナーを締めようとして、ふと、目覚し時計が目に付いた。
 何でそんなものが入っているのか。
 一つ気づいてしまうと、ほとんとが不要品に見えてくる。
「ああっ、落ちつけ、俺っっ」
 斉木は頭を抱えた。
 まるで、我がことのように頭が働かない。
 いや、確かに自分の荷物だから我がことだが。
 こんなことで時間を取っている場合じゃない、と、思えば思うほど、訳がわからなくなってくる。
 他人事なら、いつも必要以上に先回りできるのに。
 それだけ、芹沢が斉木の中に食い込んできていると言うことか。
 自分の分かりやすさに頭が痛い。
 いやいや、今はそんなのんきなことを考えている場合ではなくて。

 その瞬間。

 コタツの上に放り出した携帯が鳴り出した。
 反射的に、斉木は相手の名前も確認せずに、通話ボタンを押していた。
「もしもし!?」
『夜遅くすまん』
 そう電話越しに聞こえてきたのは、加納の渋い声だった。
「なんだ、加納か」
 思わず本音が漏れる。
 幸い、電話の向こうまで本心は伝わらなかったようで、特に平板な口調に変化もない。
 もっとも、激しく感情が振れると黙り込んでしまうタチの加納の口調が変わることは、滅多にない出来事なのだが。
『芹沢が怪我をしたそうだな』
 めったなことでは必要最低限しかしゃべらない加納は、単刀直入に用件を切り出した。
「ああ、俺も今知ったところだ」
『ひどいのか』
「いや、俺もニュースで知ったとこなんだ。電話したけど、出ないし」
『なんだ、斉木も知らんのか』
「俺はアイツのマネージャーじゃないぞ」
 と、軽口を叩いてから、斉木は眉を寄せる。
「そういや何で加納が、アイツの容態なんか聞くんだ?」
 さも当然という口調でように、加納は答えた。
『芹沢が重い怪我をしたとなると、海外移籍計画の対策を考えなければなんだろうが』
「海外移籍?」
 降って湧いた言葉に、眉間の縦皺が深くなった。
 しばらくの沈黙の後。
 おずおずと控えめな疑問形を投げかけられる。
『もしかして、知らなかったか…?』
「初めて聞いた」
『……すまん、忘れてくれ。それ…』
「だーっ、ふざけんなっ。そこまで言っといて切るか、こらっ」
 加納の語尾を斉木がひったくる。すると、電話の向こうでぼそぼそと言い訳を始めた。『まさか、芹沢が言っていないとは思わなかったんだ。絶対、言ってると思って疑いもしなかったかったから…』
「お前の都合なんかしらねえよっ。移籍って何なんだよ。それも海外移籍って」
 語気荒くたたみかけると、渋々と加納は若手の誰かを海外移籍させる計画があるのだと告げた。
 元々、電話が天敵の加納である。どうにも言葉が足りない分を補いつつ聞き出した内容は、
「要するに、神谷が成功したから2匹目のどじょうを狙ってるってことなんだな? で、その最有力候補が芹沢だと」
『そうだ』
「しかも、お前が補欠候補だと」
『不本意だがな』
 言葉と裏腹に、加納の声はどこまでも平板だ。これが面と向かってならどんなに微かでも表情の変化から読み取れるものがあるのだが、声だけだとさすがの斉木にも、いまいち加納の感情は読み取りきれない。
『芹沢が本格的に治療が必要なほどの怪我だとしたら、補欠候補に移籍話のお鉢が回ってくる。万が一俺となると、ウチのチーム状態では困る。だから怪我の具合を知りたかったんだ』
 加納は、すでにチームの大黒柱である。しかも、チームとしては低迷している。それでも真中辺りの位置をキープしているが、司令塔が抜けてしまったら、現在のリーグの状態からすると最下位転落と言うのもありえない話ではない。
 俺以外にも補欠候補は何人かいるんだがな、と、加納は言って、溜息をついた。
「大体のところは分かった。ところで、何でそんなチーム横断で候補がいるんだ?」
 当然の疑問を、斉木が提示した。
 すると。
『詳しい話は芹沢に聞け。本人が一番交渉の内容は知っているだろう。それに…』
「それに?」
『下手に話すと、芹沢に怒られそうだ』
 斉木はもう少しで、携帯を取り落とすところだった。
「何だよっ、それっ」
『結構前から出ていた話を今まで話していないと言うことは、何か話せない事情でもあったんだろう』
 息を飲む。
 話せない事情?
『じゃあ、邪魔をした』
 と、斉木の返事を聞く前に、加納は一方的に電話を切ってしまった。
 どれだけの爆弾を斉木に投下したかは、恐らく加納本人は気がついていないだろう。
「話したくなかったのか…俺には?」
 携帯を持つ手が震えている。
 1ヶ月も、一緒にいたのに。
 一言も、移籍のいの字も言わなかった、芹沢は。
 しかも海外だと。
 それでは、自分はどうなるのだ。
 何も知らないまま、いきなり『明日、出発だから』なんて言われたら。
 芹沢の性格からして、とてもありそうな話だ。
「そんなの……」
 別れる。
 いや、捨てられるのと同じだ。
「そんな…」
 ゴトン、と、携帯が滑り落ちる。
 だが、斉木は気づいていない。
 息が苦しい。
 体の震えが止まらない。
「そんなん、ありかよ…」
 斉木は、呟いた。
 何も考えられぬままに。