「はな、せよっ」
「離したら、暴れるじゃないですか、あんたはっ」
 もつれ合いながら、斉木と芹沢はようやく駐車場に辿り着いた。
「いてっ」
 もみ合ううちに、ドンッ、と、斉木が赤い車に激突した。
 言わずと知れた、芹沢ご自慢の派手なイタ車である。
「だ、大丈夫ですか!?」
 大きな音に、芹沢の顔色が変わる。
 だが、答える斉木の言葉は冷たかった。
「車の心配か?」
「ちが…」
 下から見上げる斉木の目は、月のように冴え冴えとしていた。
「心配するな。いくら俺でも、そんな頑丈じゃない」
 その、言葉に。
「ああ、そりゃあよかった」
 反射で、答える。
 自分でも驚くほど乾いた声が出た。
「で、それで?」
「俺は足がないんだ」
 おもむろに顔をそむけた斉木の口調は、やはり突き放すようだった。
「送ってけって?」
「…お前の部屋に」
 ぼそりと、斉木が言った。
 その表情は、芹沢には影になって見えない。
「え…?」
「お前の部屋に行きたい」
 芹沢は戸惑う。
 こんなにも斉木の言動が不安定なことなど、あっただろうか?
 斉木はいつだって、大人で、落ち着いて、自分がいつも宥められるばかりだったはずなのに。
 思わず、本当に斉木なのかと疑ってしまう。
 斉木誠、その人以外ではありえぬと、分かっているのに。
 熱い手の感触も。
 よく通る低い声も。
 忘れることなど、出来ない。
「…乗って下さい」
 芹沢はドアロックを解除する。
 斉木は慣れた仕草で助手席に納まった。



 何も言わぬまま、車をスタートさせた。



 沈黙が狭い車内に満ちた。
 先に耐えられなくなったのは、芹沢の方だった。
「……足がないなら、どうやってここまで来たんです? そもそもどうしてあの店を…」
「神谷に」
「え?」
「神谷に連れてきてもらったんだ」
「神谷さん…?」
 芹沢は、思わず斉木を盗み見た。
 斉木は、まるで何事もないかのような表情をしているが。
 自分達の関係を他人に知られることを、死ぬほど嫌がっていたのは、斉木だ。
 しかも相手があの神谷。
 斉木が一番避けて通りたかったはずの相手ではなかったか。
「一体…」
「話は、部屋に着いてからでいいだろ」
 斉木は、窓枠に頬杖をついていた。一方の指先で、リズミカルにひざを叩いている。
 一体。
 この人は、本当にあの斉木なのか。
 芹沢は、もう一度疑ってみる。
 斉木の横顔が、まるで知らない男の顔のもののように思えた。





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