「だからこの部屋に来たんだ!」
昂ぶるまま叫ぶ斉木を、芹沢は必死で宥めようとするが、斉木は全く聞く耳をもたない。
ならばと力で斉木を抑えようとしても、抑えるどころか、下半身の自由が利かないため、逃れることすらできない。
そのことに気がついて。
芹沢は初めて恐怖を感じた。
こんな風に、自由を奪われたことはなかった。
誰かに自分の自由を奪われる恐怖と言うものを、芹沢は初めて知った。
そして、改めて思い知らされる。
斉木が、男なのだと言うことを。
斉木が、こんなにも激しい感情を底に秘めていたと言う事実を。
いつもいつも、自分のわがままに笑って付き合ってくれた斉木。
ムリを、させていたのだろうか。
大切にしていたつもりだったのに。
自分は、間違ってしまったのだろうか。
だから、捨てられてしまうのだろうか。
芹沢の瞳に浮かんだ恐怖に、斉木が男らしい眉を寄せた。
「そんな目で、俺を見るな…」
眇めた目に、射すくめられる。
芹沢は、身構えた。
何を言われても、壊れてしまわないように。
斉木はつかんだ芹沢の胸倉を引き寄せた。
二人の距離が縮まったが、とてもではないが喜べる状況ではない。
怖い、のだ。
斉木はとてつもなく本気で。
だが。
うれしかった。
もう二度と、近づくことさえ許されないと思っていた斉木と、こんなに近くにあれることが。
例え、斉木の怒りを一身に浴びるだけだとしても。
それでも芹沢はうれしかったのだ。
思わず腕を斉木の背中に回しかけて、それだけは止めた。
そこまでの権利はないことを、自覚していたから。
代わりに、ソファのカバーを握り締める。
そして。
「義務なんて、俺にはないよ。お前に振られた時から、義務なんて吹っ飛んださ。そうだろ」
押し殺した斉木の声に、芹沢は答えなかった。
答えを求められてはいなかった。
どうしていいのか分からずに、斉木を見つめる。
「斉木、さん」
他に何も出来ずに、芹沢は斉木を呼ぶ。
ぽつり、と、斉木が呟いた。
「俺は、ただ、資格が欲しかっただけなんだ」
「資格?」
鸚鵡返しに尋ねる自分にもどかしさを感じる。
多分、もっと言わねばならぬことがあるのだと分かってはいるが、適当な言葉を思いつかない。
「何の、資格がいるって?」
言葉だけではない。
何をしたらいいのかも、分からない。
芹沢は苦笑する。
今までの人の十倍はあるであろう恋愛遍歴は何の役にも立たない。
情けなくて、泣けそうだ。
そんな芹沢の心情に気づいているのか、いないのか。
「分かってるよ、今は。そんなことじゃなかったんだ。俺は、何も分かっちゃいなかった」
斉木は、遠い目をして告げる。
「俺は、お前に何も与えられなかった。ただ、与えられるだけで。…愛想を尽かされても、仕方ないって、今は分かってる。遅かった、けどな」
何を言い出すのか。
一体いつ、自分が何を斉木に求めたと言うのだ。
何も求めたつもりはなかった。
ただ、斉木が、斉木そのままで、自分のそばにいてくれれば、それでよかった。
――それ以上、贅沢な願いはないと、知っていたから。
「あんたね…っ」
斉木はいつも通り、一人で悩んで、そして、ひたすら自分を責める結論に勝手に辿り着いたのだろう。
どうしてこの人は、自分をばかり責めるのだろう。
さっき芹沢を詰った時も、本当の矛先は斉木自身に向いていた。
芹沢を通して見える、自分の傷口を広げていたのだ。
自分はやはり、斉木にとっては取るに足らない存在にしか、なれなかったのだろうか。
それも仕方のないことかもしれない。
斉木の、これほどまでに激しい部分に、気がついていなかったのだから。
斉木自身を傷つける力で、芹沢までが深く傷つくほどの、激しさに。
冷たいものが、芹沢の背中を伝う。
言葉だけでその誤解を解くことは難しいと知りながら、芹沢はそれでも誤解を解こうと、口を開いた。
その、瞬間。
「ん…っ」
斉木が唇を重ねてきた。
快感が、体を貫いた。
もう二度と触れることが叶わなかったはずの感触を与えられて。
情けないとは思うが、体は素直に反応する。
抵抗は難しかった。
うなじに片腕を回されて、ソファをつかんでいた芹沢の手が、斉木の背中に回りかけた。
その時。
斉木のもう一方の手が、芹沢のシャツの中に潜り込んで来た。
雷にでも打たれたかのように、芹沢の体が跳ねる。
だが、それさえも斉木は押え込み、愛撫の手を、強く、深くする――。
「あっ…はぁ……」
熱い吐息が、芹沢の口から漏れる。
前だけをくつろげた状態の芹沢の足の間に、斉木の頭がある。
少し癖のかかった黒髪が動く度に、イきそうになる。
が、斉木は芹沢の気配を感じ取ってコントロールし、イかせない。
少し芹沢の呼吸が落ち着いてくると、また芹沢自身に愛撫を始める。
与えられる快楽に、体も理性も融けそうだった。
このまま流されてしまうのは、簡単だ。
斉木は恐らく、最高の快楽を与えてくれる。
けれど。
このまま流されてしまったら。
それが最後になってしまうだろうことも、芹沢は理解していた。
いや、ただ知っているのだ。
理由などない。
体でしか伝わらないものも、ある。
だから――。
斉木の愛撫は、芹沢の快楽のポイントを的確に突き。
そして、限りなく優しい。
しかし、このまま流される訳には行かなかった。
こんなにも愛しく思う人を失うことなど。
自分から捨てることも出来ない人を、失うなど。
こんなにも近くにいるのに。
自分は、認められない。
けして。
もしも少しでも、自分を愛してくれる思いが残っているのなら――。
芹沢はようやく腕を伸ばし、斉木の髪を指に絡める。
だが、斉木は愛撫を止めようとはしない。
絡めた髪をつかんでも、それは同じだ。
そうして芹沢は、力と理性を振り絞り、つかんだ髪を引いた。
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