髪をつかまれたのは、分かっていた。
 だが、それがどういう意志を表す行動なのか、斉木には分からなかったし、分かる気もなかった。
 ただ、芹沢を欲しいと言うその思いだけに突き動かされている。
 ムリに手に入れれば、これが最後になってしまうことは、承知の上だ。
 だが、このまま分かれても、最後になるであろうことも間違いない。





 ―――――――――――ならば、いっそ。





 愚かだと、人は笑うかもしれないが。
 もはやそんなことは、どうでもいいことだった。
 自分が与えられるものは体の快楽だけで、しかもこのままいけば、芹沢にヒドイことをすることになる。
 情けないことだが、それでも何一つ与えられないよりはマシではないかと、自分を言いくるめる。
 分かっていたけれど。
 自分の欲望のためだけだと。
 本当は、何一つ与えることなど出来ない。
 自分は、ただ与えられることに奢り、最後は暴力で奪うだけだ。
 そんなのは、ただの卑怯者だ。



 分かっていたけれど。



 一度暴走してしまった欲望は止められるはずもない。










 しかし。
「痛っ」
 髪を思い切り引っ張られて、斉木は芹沢自身を開放せざるを得なかった。
 見れば、芹沢が怒りの形相で睨み付けている。
 目は、潤んでいたが、浮かぶ怒りは本物だ。
「ったく…あんたって人は…」
 低い声で呟いて、芹沢は髪をつかんだ腕を引き寄せる。
 痛みのために斉木も芹沢の動きに従わざるを得なかった。
 そうやって芹沢は、斉木の頭を自分の顔の正面に引き据えた。
 間近に見ても、やはりその怒りは本物で、整った顔立ちだけに、恐怖に近い思いが斉木の中を駆け抜けて行く。
 だが、後悔はなかった。
 多分、こんなにも自分の思いに正直に行動したことは、初めてだと思う。
 だから、斉木は悪びれなかった。
「何…考えてんですか」
 怒っているとは言え、体の熱は隠しようもなく、芹沢は切れ切れに悪態を吐く。
「…そのままだ」
 斉木は悪びれはしなかったが、恐怖にすくみそうになる心を叱咤し、平静を保とうと、唾液と性で汚れた口元を無造作に拳で拭う。
「そのまま…って、何が、そのままなんだよ」
 芹沢が男にしては大き目の瞳をすがめる。
「あんたね、人の話も聞かないで、勝手に突っ走って、何、考えてんだよ」
 言われても。
 それはいつものお前じゃないかとツッコミたかったが、とてもそんな軽口を叩ける気配ではない。
 と。
「何か、言いたいことがあるなら」
 気を取られた斉木の隙をついて。
 芹沢が、斉木の首に腕を回し、耳元で、囁いた。
「言えよ。聞いてやる」
 とてつもなく尊大な言い回しであったが。
 とっくの昔に理性の箍か外れている斉木には、効果は絶大だった。
 言ってはいけないのだと、自分に言い聞かせても。
 知らず、涙まで浮かんでくる。
「……くな」
「聞こえない」
 腰に来るような声を、耳に落とし込まれ。
 斉木の、最後の砦が陥落した。
「行くな…海外なんて、行くなっ」
 叫ぶ。
「せっかく、スタートラインに立てると思ったのに…ようやく、追いかけられると、思ったのに……行くな、行くなっっ」
 涙が、零れ落ちる。
 目を閉じた瞬間。
 腕を引かれ、そして斉木は、芹沢の下に組み敷かれていた。
「ようやく言いましたね」
 慌てて視線を左右に走らせる。
 だが、斉木に逃げる隙は与えられていなかった。
「行かない。海外なんか行かない」
「な…」
 完全に形勢を逆転され、斉木は、絶句する。
 そんな斉木を芹沢は有らん限りの力で抱き締め、呟く。
「その言葉が、欲しかった。ずっと、ずっと待ってたんだ、俺は」
「芹…」
 芹沢は、まだ自分の性で汚れている斉木の口元に、迷わず口付けた。
 舌を絡め取り、何度も角度を変えて、息をも奪うほどに、口付ける。
「は…っ」
 唇が離れた時、完全に斉木の息は上がっていた。
 構わず、芹沢は斉木の鎖骨に舌を這わせる。
「もう…離さない」
「芹沢…」
 斉木は芹沢の長い髪の中に指を差し入れて、抱き締め返す。
「俺を……捕まえていろ。離すなよ、絶対」
 その言葉に。
「絶対、絶対、離さない」
 芹沢は顔を上げ、もう一度唇を重ねた。





「もう二度と離れようなんて気を起こさないように、体に覚えこませてやるよ」


















 過去に戻ることは出来ない。



















 だが、新たな関係を築くことは出来るはずだ――。























 カーテンの隙間から差し込む月明かりが、光の縞模様をシーツの上に作る。
「ん、ふぅ…」
 甘い声が、床にこぼれ、満ちる。

 芹沢は、斉木を追い上げ、追い詰め。
 斉木は、芹沢の全てを受け入れる。

 「せり、ざわ…」

 熱に浮かされたように呟いて、斉木が芹沢へ腕を伸ばす。
 その手を、取って、芹沢はまるで宝物でも扱うような仕草で、斉木の指先を己の唇に押し当てた。
「芹沢…」
 もう一度名前を呼ばれて、芹沢は何かを思い出すような顔をして、斉木の手を取ったまま、体を添わせた。
「…?」
 芹沢は、斉木の目を見つめた。
 思いつめたようにも見える表情で、意を決して、呼ぶ。
「誠」
「せりざ…」
 軽く唇を重ねて斉木の声を遮る。
 そして、告げた。
「名前を、呼んでください。俺の、名前を」
 突然の言葉に、斉木は困惑の色を露わにする。
「な、に…?」
「今だけで、いいから」
「せ…」
「名前を…」
「あっ」
 言いながら、芹沢は斉木を責め立てる。
「ん、ぅあっ」
「俺の、名前」
「ぁ…あ……ああっ」
 芹沢の責めに斉木は涙すら流して、叫ぶように呼んだ。
「な、なおしげっ。なおし…あぁああっ!」
「ああ…誠」
 深い思いをこめて、芹沢は斉木を呼ぶ。














 互いに指を絡め――呟いた。














『もう二度と離さない』















 例え、それが罪だとしても――かまわない。

















 互いにとって、『たった一つ』ならば。





 どうして手を離せようか。














そう言えば。
海外、行かないって…。
行きませんよ。今はね。
今は?
スポンサーの持参金つきで移籍なんて、ごめんです。
は?
要するに箔付けなんですよ。
神谷さんの二匹目のどじょう狙い?
…そんなことしなくったって、実力で移籍して見せますよ。
………………らしいな。






 言葉だけでは、伝わらぬもの。





来年からはダービーマッチだ。
何、言ってんですか。
そんなこと言う前に、あんたはトップに上がるのが先決でしょうが。
言ったな。
内海と二人で、泣いて詫びいれてくるまで、潰してやる。
止められるものなら、止めてみなさいよ。



















 言葉では、伝えられぬ思い。










ねえ。
あんたはいつだって、人に与えることばかり考えて。
別に…
与えてばかりいたら、いつか空っぽになってしまうよ。
まさか。
だから、あんたが人に与えた分は、俺が与えるから。
けしてあんたを、空っぽになどしないから。

だから。























 見つめあい。
 指を絡め、胸を合わせ。
 己の全てで、伝えること。










 己の全てで、伝えたいと思う相手に巡り会えた喜びを分かち合い――感謝しよう。















ああ、感謝するなら、俺にしてくださいね。
俺はちゃんとあんたを見つけて、選んだんだから。
――自信過剰…。












 世界の全てに。















もう 誰もいなくなった 冷たい夜に 二人は
何も言わず 見つめたまま 暗闇より深い愛に気づいた

心を今 繋ぎ合えたなら
もう 二度と この手から離さない

長い時を越えて やがてひとつになる
失いかけた夜に 二人
Dance Tonight ずっとDance Tonight

これから先がどうなるのか 誰にもわからないけれど
微笑みが 波のように伝わることを 僕らは知っている

遠くで 今 落ちる涙
世界はまだ ためらったまま

長い時代を越えて やがてひとつになる
夜空をたぐり寄せて 君と
Dance Tonight ずっとDance Tonight





蛇足

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