斉木は朝、息苦しさで目を覚ました。

 目を開ければ、息苦しさの理由は明白だった。
 芹沢が斉木の上にのしかかっていたのだ。
 ガキの頃からとにかく背が高かったが、一線で活躍する今、相応の体重もある。
 いくら斉木でも、全身でのしかかられてはかなり重い。
「このバカ…」
 息が苦しいからどかそうとしても、しっかり脇の下を通る腕が斉木を固定している。それも苦しい一因なのだろう。
 が。
 しかし。
「え…」
 その事実に、斉木の顔から血の気がひいた。



 芹沢が、斉木の中に入ったままだったのだ。
 しかも恐ろしいことに、いわゆる朝立ちと言う状態で。



 「こ、こらっ、起きろっ」
 斉木は胸の上で安らかな寝顔をさらしている芹沢の頬をつねった。
「…何、すんですか……」
 それでもまだ片腕で斉木を抱いたまま、芹沢が眠そうに目をこする。
 いつもだったらかわいいと思うのだが、斉木は今、それどころではない。
「このバカ、早く抜けよっっ」
 斉木が必死でに喚く。だが、耳元で騒がれても芹沢はどこ吹く風だった。
「何を…」
 斉木は音にならない声を上げた。
 芹沢が上半身を動かすと、それがそのまま刺激として斉木に伝わる。
 まだ昨日の余韻は充分に残っていたし、それは体の中の芹沢の存在の為に、生々しい。
「早くしろっ」
 言葉とは裏腹に、斉木のそれは悲鳴だった。
「あ…、ああ」
 ようやく芹沢の意識が戻って来たらしい。呟く芹沢の表情がいつもの顔つきに近くなって、斉木は少しだけ安心する。





 しかし。
 すぐに斉木は慌てることになる。





 芹沢が明らかに腰を使い始めたせいだ。
「や…っ、何、する…」
「いや、せっかくだし」
 対する芹沢は、しらっとのたまった。
「何だ、そのせっかくって――ひっ」
 突然突き上げられて声が詰まる。
 そんな斉木の様子に、芹沢は調子に乗って斉木の全身に愛撫を降らせる。
「お、俺は…俺から抜けっつったんだ……俺で、抜く、なっ」
 斉木は意識を手放す寸前で抵抗した。
 だが、それが最後の抵抗だった。





 「大丈夫ですか?」
「聞くならやるな…」
 斉木の声は、弱弱しい。
「昨日、散々ヤったクセに…」
 体のダメージもさることながら、素面でいいようにされてしまった精神的ダメージの方が大きい。
 やはり斉木は男なのである。
 どう思い極めようとも、そのプライドはなくならないのだ。
 ぐったりとしてしまった斉木の上から、芹沢の声が降ってくる。
「しょうがないじゃないですか、どれだけ俺が我慢してたか分かってます?」
「知るか」
 斉木はキスをしようとする芹沢のあごを、下から突き上げた。
「って」
「…ああ、今日は土曜日か……」
 斉木は枕もとの時計を見ながら、呟いた。
「今日は出かけたかったんだ…」
 そして斉木は、まだじゃれついてくる芹沢を押し退けて、ベッドから下りようとした。
 しかし。
「わっ」
 足に体重をかけた瞬間、膝がくたりと折れた。上半身と下半身がまるで別の存在のような気がする。
 全く足に力が入らない。
 そんなことは、口が裂けても言えないが。
「どうしたんです?」
 芹沢の問いに斉木は答えなかったが、芹沢は悟ってしまったようである。
「ああ、立てないんですか」
「う、うるさいっ」
 反射的に怒鳴った声さえ、腰に響く。
「無理すると後が辛いですよ」
「こら! 離せ…」
「でも、立てないんでしょ」
 抵抗空しく、斉木は強制的にベッドの上に連れ戻された。
「ところで」
「何だ」
 芹沢は斉木の横に並んで寝そべったまま、斉木に問い掛ける。
 朝日を浴びる芹沢の体は、均整が取れていて男である斉木でさえ、きれいだと思う。
 不覚にも見とれてしまった斉木へ、芹沢はけだるげに長い前髪をかきあげながら尋ねる。
「今日出かけるって、どこへ行くんです」
「岩上の試合を、見に行きたかったんだよ」
「岩上さんとこ?」
「そう。何かアイツ、最近調子悪そうだから様子見にさ。ずっと気になってたんだけど、俺も自分のことで一杯一杯だったから、そのまんまになってて…あそこは高速バスしかないから早めに出なきゃいけないのに」
 岩上のホームは、東京から高速バスで行くしかない。それも、いやになるほど遠い。同じ関東地方かと思うほど、長時間バスに乗らなければならないのだ。
 斉木自身、ちょっとこの腰では不安を感じる。
 と言うか、恐らくムリである。
 また次回かと、頭の中でスケジュールを確認する斉木へ、芹沢が告げた。
「俺も行きます」
「は?」
 思わぬ芹沢の言葉に、斉木がそちらを見る。だが、すぐに前に向き直ってしまった。
 芹沢の口元は笑っている。だが、
 ――目が笑ってないぞ、お前!
 なまじっか顔が整っているだけに、理性が戻ってしまった今、斉木にとっては怖さ倍増である。
 が、そんな斉木の内心を知ってか知らずか、芹沢は剣呑な気配を含んだ声で言い切る。
「冗談じゃないですよ、一人でなんか行かせませんよ」
「な、何…」
「あそこには光岡さんがいるじゃないですかっ」
 斉木はころっと忘れていたが。
 少し前に斉木が光岡に連れ出されていたことを、芹沢は今だ根に持っている。
 相当の執念深さである。
 正直、斉木は己の身の危険すら感じる雰囲気だ。
「ちょっかい出されたらたまんないですよっ」
「そ、それはないだろ…? 待て。お前、自分のチームの試合は」
「ビデオは撮ってきます」
「そういう問題じゃないだろ!?」
「その程度の問題、俺の場合誰も気にしませんよ」
「お前…」
「やっぱり、斉木さん一人では行かせられません。ラテン男の魔の手にかける訳にはいかないですから」
「いや、だから…」
 斉木は必死で押し止めようとするが、独占欲の塊になっている芹沢は、斉木の言葉すら耳に入れない。
 静止しようとした斉木の右手が、空しく空をつかむ。
「それに、俺の車で行けば、高速バスなんか乗らないで済むでしょ」
 腕を組み、大きくうなずく芹沢は、自分の案に大変ご満悦の様子である。
「あああ…」
 岩上の冷たい視線を思い、頭を抱える斉木であったが。
 けして自分は最終的に拒絶しないであろうこともまた、よく知っている斉木であった。
















 そして。
「めちゃめちゃ久しぶりだなあ、岩上!!」
 斉木は、精一杯元気を装って、岩上を呼んだ。
「斉木………」
 特に連絡もしていなかった――している余裕など一片もなかったが――せいか、岩上は斉木を見上げて絶句している。
「何だ?」
 斉木はさりげなくフェンスに寄りかかって体を支えたまま、首を傾げた。
 その仕草からはとても感じられないが、斉木の背中は冷や汗でびっしょりだった。
 ――背後の剣呑な気配を、ひしひしと感じていたから。
「ご無沙汰してます」
 芹沢が頭を下げた気配がするが、丁寧を通り越して慇懃無礼になっている気がするのは、気のせいだろうか?
 岩上は、まるで睨みつけるかのような視線でこちらを見たまま、黙っている。
 ――何か言ってくれよ。
 前門の虎、後門の狼。斉木の祈りは、なかなか通じないのであった。





言い訳

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